公理主義的確率
試行によって起こり得る結果を標本空間や事象などを用いて表現しました。確率とは現象の起こりやすさの定量的な表現であり、それは個々の事象に数字を割り当てることを通じて表現可能であるという前提のもと、確率を具体的に定める方法として先験的確率や経験的確率などの考え方を紹介しました。これらは確率をどのように解釈すべきか示唆を与えてくれる一方で、ともに短所を持っています。確率の概念を解釈する方法は他にも存在しますが、それらもやはり一長一短であり、結局のところ、確率とは何かという議論の最終的な結論は見えそうにありません。
こうした問題を背景として、確率を具体的にどのように解釈するかとは別に、確率が満たすべき性質を公理として定め、そこから確率論を数学的に構築する立場が発展しました。この考え方を体系的に定式化したのがアンドレイ・ニコラエヴィッチ・コルモゴロフ(Andrey Nikolaevich Kolmogorov)です。コルモゴロフは確率の概念を具体的に解釈するのではなく、最初に定義と公理を設定して、それらを満たす対象を確率とみなす公理主義的立場を採用しました。
公理主義的確率論において、確率に関するあらゆる言明は、あらかじめ設定した定義と公理を出発点として演繹的に導かれます。言い換えると、確率という概念を表現すると思われる定義と命題群を事前に設定した上で、そこを出発点として数学的にどのようなことが導かれるかを明らかにするのが公理主義的確率論の立場です。
確率空間
公理主義的確率論の舞台は確率空間(probability space)と呼ばれる数学的概念として定式化されます。確率について考えることは、ある試行のもとで起こり得る様々な事象の起こりやすさを特定することを意味します。したがって、確率を記述するためには、まず、試行に関する標本空間\(\Omega \)が必要です。
私たちが知りたいのはそれぞれの事象\(A\subset \Omega \)の起こりやすさですが、その前に、確率を測定する対象となる事象を特定する必要があります。そこで、確率の測定対象となるすべての事象からなる集合族を、\begin{equation*} \mathcal{F}
\end{equation*}で表記し、これを事象族(family of events)と呼びます。事象空間\(\mathcal{F}\)は標本空間\(\Omega \)の部分集合族です。事象空間\(\mathcal{F}\)に属するそれぞれの事象に対して確率を付与することになるのですが、できることなら任意の事象の確率を測定したいため、事象空間\(\mathcal{F}\)としては標本空間のベキ集合\(2^{\Omega }\)を採用できれば理想的です。標本空間\(\Omega \)が有限集合や可算集合である場合には通常、\(\mathcal{F}=2^{\Omega }\)としても問題ありません。一方、標本空間\(\Omega \)が非可算集合である場合、確率モデルを構成する際には\(\Omega \)のすべての部分集合に対して自然な形で確率を割り当てることができない事態が起こります。そのため、一定の公理を満たす\(\Omega \)の部分集合族を\(\mathcal{F}\)として採用することになります。この点については場を改めて詳しく解説します。
確率を記述するために残された課題は、事象空間\(\mathcal{F}\)に属するそれぞれの事象に対して、その起こりやすさを特定することです。そこで、それぞれの事象\(A\in \mathcal{F}\)に対して、それが起こる確率に相当する実数\(P\left( A\right) \in \mathbb{R} \)を1つずつ割り当てる集合関数\begin{equation*} P:\mathcal{F}\rightarrow \mathbb{R} \end{equation*}を導入します。この集合が後に示す公理を満たすとき、\(P\)を確率測度(probability measure)や確率関数(probability function)などと呼びます。確率速度\(P\)にどのような公理を付与するかが問題になりますが、詳細は場を改めて解説します。
公理主義的確率論では以上の3つの要素からなる組\begin{equation*}
\left( \Omega ,\mathcal{F},P\right)
\end{equation*}を考えます。その上で、\(\mathcal{F}\)と\(P\)が所定の公理を満たす場合、この組を確率空間(probability space)と呼びます。あとは、確率空間\((\Omega ,\mathcal{F},P)\)に対してどのよう公理を付与するかが問題になりますが、それについては次回から具体的に解説します。いずれにせよ、一定の公理を満たす\((\Omega ,\mathcal{F},P)\)を確率空間と呼び、これを確率の定義とするのが公理主義的確率論の考え方です。
先験的確率と公理主義的確率の関係
先に学んだ先験的確率では、有限個の標本点からなる標本空間\(\Omega \)において、すべての標本点が同じ程度の確かさで起こることを前提として、事象\(A\)の確率を、\begin{equation*} P\left( A\right) =\frac{\left\vert A\right\vert }{\left\vert \Omega
\right\vert }
\end{equation*}と定めました。
公理主義的確率を採用した場合にも、この考え方が否定されるわけではありません。むしろ、公理主義的確率論の枠組みの中で確率を具体的に定める方法の1つとして先験的確率を位置づけることができます。実際、有限集合\(\Omega \)を標本空間とし、そのすべての部分集合を事象として扱う場合を考えます。つまり、事象族は\(2^{\Omega }\)です。それぞれの標本点が同じ確率で起こるものとし、その確率を、\begin{equation*} \frac{1}{\left\vert \Omega \right\vert }
\end{equation*}と定めます。このとき、事象\(A\subset \Omega \)に含まれる標本点は\(\left\vert A\right\vert \)個存在するため、事象\(A\)の確率は、\begin{equation*} P\left( A\right) =\sum_{\omega \in A}\frac{1}{\left\vert \Omega \right\vert }=\frac{\left\vert A\right\vert }{\left\vert \Omega \right\vert }
\end{equation*}となります。これは、先験的確率の定義と一致します。詳細は場を改めて解説します。
したがって、公理主義的確率は先験的確率を排除するものではありません。先験的確率は、すべての標本点に等しい確率を割り当てることのできる有限標本空間において、公理主義的確率論から得られる特殊な場合として理解することができます。
一方、公理主義的確率では、すべての標本点が同じ確率で起こることを前提とする必要はありません。標本点ごとに異なる確率を割り当てる場合や、標本空間が無限集合である場合なども、同じ基本的な枠組みのもとで扱うことができます。この点で、公理主義的確率は先験的確率よりも一般的な枠組みです。
