先験的確率
試行によって起こり得る結果を標本空間や事象などの概念を用いて定式化しました。確率とは現象の起こりやすさを数字で表したものであり、それは個々の事象に数字を割り当てることを通じて表現可能です。では、そもそも、それぞれの事象に対して、その起こりやすさに相当する確率をどのような基準のもとで付与すればよいでしょうか。
確率に関する古典的な考え方の1つはピエール=シモン・ラプラス(Pierre-Simon Laplace)によって提唱された先験的確率(a priori probability)やラプラスの確率(Laplace’s probability)などと呼ばれるものであり、具体的には以下のように定義されます。
ある試行に関する標本空間\(\Omega \)には有限\(n\)個の標本点が含まれるものとします。さらに、それらの標本点はすべて同じ程度の確かさで(equally likely)起こるものと仮定します。また、それら\(n\)個の標本点の中でも、問題としている事象\(A\subset \Omega \)には\(x\)個の標本点が含まれるものとします。このとき、この事象\(A\)が起こる確率を、\begin{equation*}\frac{\left\vert A\right\vert }{\left\vert \Omega \right\vert }=\frac{x}{n}
\end{equation*}と定義するのが先験的確率の考え方です。つまり、問題としている事象に含まれる標本点の個数と、試行によって起こり得るすべての標本点の個数の比として、その事象の確率を定義するということです。
\Omega =\{1,2,3,4,5,6\}
\end{equation*}です。サイコロに歪みがない場合などには、すべての標本点が同じ程度の確かさで起こるものと仮定できます。すべての標本点の個数は、\begin{equation*}
\left\vert \Omega \right\vert =6
\end{equation*}です。例えば、「奇数の目が出る」という事象は、\begin{equation*}
A=\left\{ 1,3,5\right\}
\end{equation*}であり、この事象に含まれる標本点の個数は、\begin{equation*}
\left\vert A\right\vert =3
\end{equation*}であるため、その先験的確率は、\begin{equation*}
\frac{\left\vert A\right\vert }{\left\vert \Omega \right\vert }=\frac{3}{6}=\frac{1}{2}
\end{equation*}となります。また、「\(5\)以上の目が出る」という事象は、\begin{equation*}B=\left\{ 5,6\right\}
\end{equation*}であり、この事象に含まれる標本点の個数は、\begin{equation*}
\left\vert B\right\vert =2
\end{equation*}であるため、その先験的確率は、\begin{equation*}
\frac{\left\vert B\right\vert }{\left\vert \Omega \right\vert }=\frac{2}{6}=\frac{1}{3}
\end{equation*}となります。
\Omega =\left\{ \left( i,j\right) \ |\ i,j\in \left\{ 1,2,3,4,5,6\right\}
\right\}
\end{equation*}です。ただし、標本点\(\left( i,j\right) \)は「1回目に\(i\)が出て2回目に\(j\)が出る」という結果に相当します。サイコロに歪みがない場合などには、すべての標本点が同じ程度の確かさで起こるものと仮定できます。すべての標本点の個数は、\begin{equation*}\left\vert \Omega \right\vert =36
\end{equation*}です。例えば、「2回の目の合計は奇数である」という事象は、\begin{equation*}
A=\begin{array}{c}
\{\left( 1,2\right) ,\left( 1,4\right) ,\left( 1,6\right) ,\left( 2,1\right)
,\left( 2,3\right) ,\left( 2,5\right) ,\left( 3,2\right) ,\left( 3,4\right)
,\left( 3,6\right) , \\
\left( 4,1\right) ,\left( 4,3\right) ,\left( 4,5\right) ,\left( 5,2\right)
,\left( 5,4\right) ,\left( 5,6\right) ,\left( 6,1\right) ,\left( 6,3\right)
,\left( 6,5\right) \}\end{array}\end{equation*}であり、この事象に含まれる標本点の個数は、\begin{equation*}
\left\vert A\right\vert =18
\end{equation*}であるため、その先験的確率は、\begin{equation*}
\frac{\left\vert A\right\vert }{\left\vert \Omega \right\vert }=\frac{18}{36}=\frac{1}{2}
\end{equation*}となります。また、「2回とも同じ目が出る」という事象は、\begin{equation*}
B=\left\{ \left( 1,1\right) ,\left( 2,2\right) ,\left( 3,3\right) ,\left(
4,4\right) ,\left( 5,5\right) ,\left( 6,6\right) \right\}
\end{equation*}であり、この事象に含まれる標本点の個数は、\begin{equation*}
\left\vert B\right\vert =6
\end{equation*}であるため、その先験的確率は、\begin{equation*}
\frac{\left\vert B\right\vert }{\left\vert \Omega \right\vert }=\frac{6}{36}=\frac{1}{6}
\end{equation*}となります。
先験的確率の利点と欠点
先験的確率の利点は、先の例が示すように、試行によって起こり得る標本点をすべて列挙すれば、問題となる現象が起こる確率を求められるところにあります。具体的には、標本空間\(\Omega \)と事象\(A\)に属する標本点をそれぞれ特定した上で、それぞれに含まれる標本点の個数を数え上げれば、それらの個数の比として\(A\)が起こる確率を求めることができます。ただし、該当する標本点の数が膨大な場合に標本点をやみくもに数えていては、数え落としをしたり、同じものを二重に数えてしまう恐れがあるため、標本点を系統的に数える技術が必要です。詳細は後述します。
先験的確率では、試行によって起こり得るすべての標本点がすべて同じ程度の確かさで起こることを仮定する必要があります。例えば、先のサイコロの実験において起こり得るすべての標本点を\(1,2,3,4,5,6\)と列挙するためには、これらの目がすべて同じ程度の確かさで出ることを仮定する必要があります。サイコロが歪みなく作られているならば、すべての目が同じ程度の確かさで出ると仮定することはもっともらしいかもしれません。実際、先験的確率にもとづいて議論する際は、このような常識的な判断が根拠になります。しかし、よく考えてみると、「サイコロが歪みなく作られている」という事実から「すべての目が同じ程度の確かさで出る」という結論に至る過程において、私たちが現象の起こりやすさに関して先験的に持っている感覚を介在させています。そしてそれは確率の概念そのものに他なりません。つまり、先験的確率は「すべての標本点が同じ程度の確かさで起こる」という仮定に依拠していますが、この仮定が満たされていることを保証するためには、我々が先験的に持っている確率の感覚に頼らざるを得ません。これでは確率を用いて確率を定義するという話になり、循環論法の様相を呈しています。
先験的確率のもう一つの欠点は、実験や観測によって起こり得るすべての標本点が同じ程度の確かさで起こらない場合に、どのように対処すればよいか指針を与えてくれない点です。例えば、歪みのあるサイコロを用いた試行について考える場合には先験的確率を採用できません。
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