公理主義的確率論の考え方
公理主義的確率論の舞台は3つの要素から構成されます。1つ目は、試行において起こり得るすべての標本点からなる集合であり、これは標本空間\begin{equation*}
\Omega
\end{equation*}として定式化されます。
事象は標本空間\(\Omega \)の部分集合として定義されますが、確率を記述する際に、確率の測定対象となる事象を定めておく必要があります。そこで、確率空間の2つ目の要素として、確率の測定対象となる事象をすべて集めてできる\(\Omega \)の部分集合族\begin{equation*}\mathcal{F}
\end{equation*}を導入します。つまり、\(A\in \mathcal{F}\)を満たす事象\(A\subset \Omega \)のみを確率の測定対象とするということです。
確率を記述するために残された課題は、事象空間\(\mathcal{F}\)に属するそれぞれの事象に対して、その起こりやすさを特定することです。そこで、確率空間を構成する3つ目の要素として、事象空間に属するそれぞれの事象\(A\in \mathcal{F}\)に対して、それが起こる確率に相当する実数\(P\left(A\right) \in \mathbb{R} \)を1つずつ割り当てる集合関数\begin{equation*}P:\mathcal{F\rightarrow \mathbb{R} }
\end{equation*}を導入します。
公理主義的確率論では、以上の3つの要素から構成される概念\begin{equation*}
\left( \Omega ,\mathcal{F},P\right)
\end{equation*}が満たすべき性質を公理として定めた上で、そこを出発点に議論を行うことになります。
標本空間が有限集合である場合の確率空間
まずは、標本空間\(\Omega \)が有限集合である状況を想定します。標本空間\(\Omega \)が可算集合や非可算集合である場合などについては、場を改めて議論を行います。
標本空間\(\Omega \)が有限\(n\)個の標本点を要素として持つ場合には、\begin{equation*}\Omega =\left\{ \omega _{1},\cdots ,\omega _{n}\right\}
\end{equation*}と表現できます。ただし、\(\omega _{i}\ \left( i=1,\cdots ,n\right) \)は標本点です。標本空間\(\Omega \)が有限集合である場合には、事象空間\(\mathcal{F}\)として標本空間のベキ集合\begin{equation*}2^{\Omega }
\end{equation*}を採用できます。つまり、任意の事象を確率の測定対象に含めても問題は生じないということです。確率を記述するためには、それぞれの事象\(A\in 2^{\Omega }\)に対して、それが起こる確率に相当する実数\(P\left( A\right) \in \mathbb{R} \)を1つずつ割り当てる集合関数\begin{equation*}P:2^{\Omega }\rightarrow \mathbb{R} \end{equation*}が必要です。では、この集合関数\(P\)に対してどのような公理を設定すべきでしょうか。以下で順番に解説します。
標本点\(\omega _{i}\in \Omega \)を任意に選んだ上で、それだけを要素として持つ根元事象\(\left\{ \omega _{i}\right\} \)を構成します。\(\left\{ \omega_{i}\right\} \in 2^{\Omega }\)であるため、集合関数\(P\)はこの根元事象\(\left\{ \omega _{i}\right\} \)に対しても確率\(P\left( \left\{ \omega _{i}\right\} \right)\in \mathbb{R} \)を付与することが保証されます。以上を踏まえた上で、その値は非負であること、すなわち、\begin{equation*}P\left( \left\{ \omega _{i}\right\} \right) \geq 0
\end{equation*}が成り立つことを1つ目の公理として定めます。つまり、任意の根元事象の確率が非負の実数であることを公理として定めるということです。これを非負性の公理(axiom of non-negativity)と呼びます。
標本点\(\omega _{i}\in \Omega \)を任意に選んだとき、先の理由により、集合関数\(P\)は根元事象の確率\(P\left( \left\{ \omega _{i}\right\} \right) \in \mathbb{R} \)を定めることが保証されます。標本空間\(\Omega \)は有限集合であるため、すべての根元事象の確率の和は有限個の実数の和になります。以上を踏まえた上で、その値は\(1\)であること、すなわち、\begin{equation*}\sum_{i=1}^{n}P\left( \left\{ \omega _{i}\right\} \right) =1
\end{equation*}が成り立つことを2つ目の公理として定めます。つまり、すべての根元事象の確率の総和が\(1\)と一致することを公理として定めるということです。これを確実性の公理(axiom of certainty)と呼びます。
事象\(A\subset \Omega \)を任意に選んだとき、\(A\in 2^{\Omega }\)であるため、集合関数\(P\)はこの事象\(A\)に対しても確率\(P\left( A\right) \in \mathbb{R} \)を付与することが保証されます。以上を踏まえた上で、事象\(A\)の確率は、その事象\(A\)に含まれるすべての標本点に関する根元事象の確率の総和であること、すなわち、\begin{equation*}P\left( A\right) =\sum_{\omega _{i}\in A}P\left( \left\{ \omega _{i}\right\}
\right)
\end{equation*}が成り立つことを3つ目の公理として定めます。つまり、事象の確率はそこに含まれるすべての根元事象の和と一致することを公理として定めるということです。これを加法性の公理(axiom of additivity)と呼びます。
標本空間\(\Omega \)が有限集合である場合には、集合関数\(P\)が以上の3つの性質を満たすことを公理として定めます。この3つの性質を総称して確率論の公理(axioms of probability)と呼びます。
\left\{ \omega _{i}\right\} \right) \geq 0 \\
&&\left( b\right) \ \sum_{i=1}^{n}P\left( \left\{ \omega _{i}\right\}
\right) =1 \\
&&\left( c\right) \ \forall A\in 2^{\Omega }:P\left( A\right) =\sum_{\omega
_{i}\in A}P\left( \left\{ \omega _{i}\right\} \right)
\end{eqnarray*}を満たすものと定める。以上の性質を確率論の公理と呼ぶ。
確率論の公理を満たす集合関数\(P\)を確率測度(probability measure)や確率関数(probability function)などと呼び、確率測度\(P\)がそれぞれの事象\(A\in 2^{\Omega }\)に対して定める値\(P(A)\in \mathbb{R} \)を\(A\)の確率(probability)と呼びます。さらに、以上のように定義された標本空間\(\Omega \)と確率空間\(2^{\Omega }\)および確率測度\(P\)の組\begin{equation*}\left( \Omega ,2^{\Omega },P\right)
\end{equation*}を確率空間(probability space)と呼びます。
以下が確率空間の具体例です。
\Omega =\left\{ \omega _{1},\cdots ,\omega _{n}\right\}
\end{equation*}のベキ集合上に定義された集合関数\(P:2^{\Omega}\rightarrow \mathbb{R} \)は、それぞれの事象\(A\in 2^{\Omega }\)に対して先験的確率\begin{equation*}P\left( A\right) =\frac{\left\vert A\right\vert }{\left\vert \Omega
\right\vert }
\end{equation*}を定めるものとします。ただし、\(\left\vert X\right\vert \)は集合\(X\)の要素の個数を表す記号です。標本点\(\omega _{i}\in \Omega \)を任意に選んだとき、\begin{eqnarray*}P\left( \left\{ \omega _{i}\right\} \right) &=&\frac{\left\vert \left\{
\omega _{i}\right\} \right\vert }{\left\vert \Omega \right\vert }\quad
\because P\text{の定義} \\
&=&\frac{1}{n}\quad \because \left\vert \Omega \right\vert =n \\
&\geq &0\quad \because n\in \mathbb{N} \end{eqnarray*}が成り立ちます。また、すべての根元事象の確率の総和は、\begin{eqnarray*}
\sum_{i=1}^{n}P\left( \left\{ \omega _{i}\right\} \right) &=&\sum_{i=1}^{n}\frac{\left\vert \left\{ \omega _{i}\right\} \right\vert }{\left\vert \Omega
\right\vert }\quad \because P\text{の定義} \\
&=&\sum_{i=1}^{n}\frac{1}{n}\quad \because \left\vert \Omega \right\vert =n
\\
&=&\frac{n}{n} \\
&=&1
\end{eqnarray*}を満たします。加えて、事象\(A\in 2^{\Omega }\)を任意に選んだとき、\(A\)は\(n\)個以下の要素を持つ\(\Omega \)の部分集合であるため、\begin{equation*}\left\vert A\right\vert =m\quad \left( 1\leq m\leq n\right)
\end{equation*}とおくのであれば、\begin{eqnarray*}
P\left( A\right) &=&\frac{\left\vert A\right\vert }{\left\vert \Omega
\right\vert }\quad \because P\text{の定義} \\
&=&\frac{m}{n}\quad \because \left\vert \Omega \right\vert =n,\ \left\vert
A\right\vert =m
\end{eqnarray*}である一方で、\begin{eqnarray*}
\sum_{\omega _{i}\in A}P\left( \left\{ \omega _{i}\right\} \right)
&=&\sum_{\omega _{i}\in A}\frac{\left\vert \left\{ \omega _{i}\right\}
\right\vert }{\left\vert \Omega \right\vert }\quad \because P\text{の定義} \\
&=&m\frac{1}{n}\quad \because \left\vert \Omega \right\vert =n,\ \left\vert
A\right\vert =m \\
&=&\frac{m}{n}
\end{eqnarray*}であるため、\begin{equation*}
P\left( A\right) =\sum_{\omega _{i}\in A}P\left( \left\{ \omega _{i}\right\}
\right)
\end{equation*}が成り立ちます。以上より、\(P\)が確率論の公理を満たすことが明らかになりました。
\Omega =\left\{ \omega _{1},\cdots ,\omega _{n}\right\}
\end{equation*}のベキ集合上に定義された集合関数\(P:2^{\Omega}\rightarrow \mathbb{R} \)がそれぞれの事象\(A\in2^{\Omega }\)に対して定める値が、特定の標本点\(\omega \in\Omega \)を用いて、\begin{equation*}P\left( A\right) =\left\{
\begin{array}{cc}
1 & \left( if\ \omega \in A\right) \\
0 & \left( if\ \omega \not\in A\right)\end{array}\right.
\end{equation*}と定義されているものとします。このような関数\(P\)を指示関数(indicator function)と呼びます。標本点\(\omega _{i}\in \Omega \)を任意に選んだとき、\(P\)の定義より、\begin{equation*}P\left( \left\{ \omega _{i}\right\} \right) =\left\{
\begin{array}{cc}
1 & \left( if\ \omega _{i}=\omega \right) \\
0 & \left( if\ \omega _{i}\not=\omega \right)\end{array}\right.
\end{equation*}が成り立つため、\begin{equation*}
P\left( \left\{ \omega _{i}\right\} \right) \geq 0
\end{equation*}を得ます。また、すべての根元事象の確率の総和は、\begin{eqnarray*}
\sum_{i=1}^{n}P\left( \{\omega _{i}\}\right) &=&P\left( \{\omega \}\right)
+\sum_{\omega _{i}\in \Omega \backslash \{\omega \}}P\left( \{\omega
_{i}\}\right) \quad \because \omega \in \Omega \\
&=&1+\left( n-1\right) \cdot 0\quad \because P\text{の定義}
\\
&=&1
\end{eqnarray*}となります。加えて、事象\(A\in 2^{\Omega }\)を任意に選んだとき、\(\omega \in A\)が成り立つ場合には\(P\)の定義より、\begin{equation*}P\left( A\right) =1
\end{equation*}である一方で、\begin{eqnarray*}
\sum_{\omega _{i}\in A}P\left( \{\omega _{i}\}\right) &=&P\left( \{\omega
\}\right) +\sum_{\omega _{i}\in A\backslash \{\omega \}}P\left( \{\omega
_{i}\}\right) \quad \because \omega \in A \\
&=&1+\left( \left\vert A\right\vert -1\right) \cdot 0\quad \because P\text{の定義} \\
&=&1
\end{eqnarray*}であるため、\begin{equation*}
P\left( A\right) =\sum_{\omega _{i}\in A}P\left( \{\omega _{i}\}\right)
\end{equation*}が成り立ちます。一方、\(\omega \not\in A\)が成り立つ場合には、やはり\(P\)の定義より、\begin{equation*}P\left( A\right) =0
\end{equation*}である一方で、\begin{eqnarray*}
\sum_{\omega _{i}\in A}P\left( \{\omega _{i}\}\right) &=&\left\vert
A\right\vert \cdot 0\quad \because \left( 1\right) \\
&=&0
\end{eqnarray*}であるため、\begin{equation*}
P\left( A\right) =\sum_{\omega _{i}\in A}P\left( \{\omega _{i}\}\right)
\end{equation*}が成り立ちます。以上より、\(P\)が確率論の公理を満たすことが明らかになりました。
確率論の公理の代替的な定義
公理主義のもとで確率について考えるということは、確率論の公理だけを議論の前提として認めることを意味します。つまり、標本空間が有限集合であるような試行および確率に関する命題はいずれも確率論の公理から導かれてはじめて正しいものとして認められるということです。以下では確率論の公理から導かれる基本的な命題をいくつか紹介します。
有限な標本空間に関する確率空間\(\left( \Omega ,2^{\Omega},P\right) \)が与えられた状況において事象\(A\in 2^{\Omega }\)を任意に選びます。このとき、その確率は、\begin{equation*}P\left( A\right) \geq 0
\end{equation*}を満たすことが確率論の公理から導かれます。つまり、任意の事象の確率は非負の実数です。以上の性質を非負性(nonnegativity)と呼びます。
\end{equation*}が成り立つ。
有限な標本空間に関する確率空間\(\left( \Omega ,2^{\Omega},P\right) \)が与えられたとき、\(\Omega \in 2^{\Omega }\)であるため、確率測度\(P\)は全事象\(\Omega \)に対しても確率\(P\left(\Omega \right) \in \mathbb{R} \)を付与することが保証されます。以上を踏まえた上で、その値が\(1\)であること、すなわち、\begin{equation*}P\left( \Omega \right) =1
\end{equation*}が成り立つことが確率論の公理から導かれます。全事象の確率は\(1\)であるということです。
\end{equation*}が成り立つ。
有限な標本空間に関する確率空間\(\left( \Omega ,2^{\Omega},P\right) \)が与えられたとき、排反な2つの事象\(A,B\in2^{\Omega }\)をそれぞれ任意に選びます。つまり、\begin{equation*}A\cap B=\phi
\end{equation*}が成り立つということです。\(A\cup B\in 2^{\Omega }\)であるため、確率測度\(P\)は和事象\(A\cup B\)に対しても確率\(P\left( A\cup B\right) \in \mathbb{R} \)を付与することが保証されます。以上を踏まえた上で、\begin{equation*}P\left( A\cup B\right) =P\left( A\right) +P\left( B\right)
\end{equation*}が成り立つこと、すなわち、排反な2つの事象の和事象の確率は、個々の事象の確率の和と一致することが確率論の公理から導かれます。これを加法性(additivity)と呼びます。
B\right) =P\left( A\right) +P\left( B\right) \right] \end{equation*}が成り立つ。
確率論の公理を認める場合、確率測度は非負性と加法性を満たすとともに、全事象の確率が\(1\)になることが明らかになりました。実は、逆に、以上の3つの性質から確率論の公理を導くこともできるため、確率論の公理を以下のように定義することもできます。
&&\left( b\right) \ P\left( \Omega \right) =1 \\
&&\left( c\right) \ \forall A,B\in 2^{\Omega }:\left[ A\cap B=\phi
\Rightarrow P\left( A\cup B\right) =P\left( A\right) +P\left( B\right) \right] \end{eqnarray*}をすべて満たすことと、\(P\)が確率論の公理を満たすことは必要十分である。
\Omega =\left\{ \omega _{1},\cdots ,\omega _{n}\right\}
\end{equation*}のベキ集合上に定義された集合関数\(P:2^{\Omega}\rightarrow \mathbb{R} \)は、それぞれの事象\(A\in 2^{\Omega }\)に対して先験的確率\begin{equation*}P\left( A\right) =\frac{\left\vert A\right\vert }{\left\vert \Omega
\right\vert }
\end{equation*}を定めるものとします。先に示したように、この\(P\)は確率論の公理を満たします。したがって、先の命題より、この\(P\)についても、\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \forall A\in 2^{\Omega }:P\left( A\right) \geq 0 \\
&&\left( b\right) \ P\left( \Omega \right) =1 \\
&&\left( c\right) \ \forall A,B\in 2^{\Omega }:\left[ A\cap B=\phi
\Rightarrow P\left( A\cup B\right) =P\left( A\right) +P\left( B\right) \right] \end{eqnarray*}が成り立ちます。
\Omega =\left\{ \omega _{1},\cdots ,\omega _{n}\right\}
\end{equation*}のベキ集合上に定義された集合関数\(P:2^{\Omega}\rightarrow \mathbb{R} \)がそれぞれの事象\(A\in2^{\Omega }\)に対して定める値が、特定の標本点\(\omega \in\Omega \)を用いて、\begin{equation*}P\left( A\right) =\left\{
\begin{array}{cc}
1 & \left( if\ \omega \in A\right) \\
0 & \left( if\ \omega \not\in A\right)\end{array}\right.
\end{equation*}と定義されているものとします。先に示したように、この\(P\)は確率論の公理を満たします。したがって、先の命題より、この\(P\)についても、\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \forall A\in 2^{\Omega }:P\left( A\right) \geq 0 \\
&&\left( b\right) \ P\left( \Omega \right) =1 \\
&&\left( c\right) \ \forall A,B\in 2^{\Omega }:\left[ A\cap B=\phi
\Rightarrow P\left( A\cup B\right) =P\left( A\right) +P\left( B\right) \right] \end{eqnarray*}が成り立ちます。
確率測度の有限加法性
有限な標本空間に関する確率空間\(\left( \Omega ,2^{\Omega},P\right) \)が与えられたとき、排反であるような有限事象族を任意に選びます。つまり、\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \forall i\in \left\{ 1,\cdots ,m\right\} :A_{i}\subset
\Omega \\
&&\left( b\right) \ \forall i,j\in \left\{ 1,\cdots ,m\right\} :\left(
i\not=j\Rightarrow A_{i}\cap A_{j}=\phi \right)
\end{eqnarray*}をともに満たす集合族\(\left\{ A_{i}\right\} _{i=1}^{m}\)を任意に選ぶということです。確率測度\(P\)の加法性を繰り返し利用することにより、この有限事象族\(\left\{ A_{i}\right\} _{i=1}^{m}\)の和事象の確率に関して、\begin{equation*}P\left( \bigcup_{i=1}^{m}A_{i}\right) =\sum_{i=1}^{m}P\left( A_{i}\right)
\end{equation*}が成り立つことを導くことができます。つまり、有限個の排反事象を任意に選んだとき、それらの和事象の確率は個々の事象の確率の総和と一致するということです。以上の性質を有限加法性(finite additivity)と呼びます。
逆に、有限加法性において\(m=2\)とすれば加法性が導かれるため、有限加法性と加法性は必要十分です。したがって、確率論の公理において、加法性と有限加法性は交換可能です。
空事象の確率
有限な標本空間に関する確率空間\(\left( \Omega ,2^{\Omega},P\right) \)が与えられたとき、\(\phi \in 2^{\Omega }\)ゆえに確率測度\(P\)は空事象\(\phi \)に対してもその確率\(P\left( \phi\right) \)を与えますが、\begin{equation*}P\left( \phi \right) =0
\end{equation*}であることが確率論の公理から導かれます。つまり、空事象の確率はゼロです。
\end{equation*}が成り立つ。
余事象の確率
有限な標本空間に関する確率空間\(\left( \Omega ,2^{\Omega},P\right) \)が与えられたとき、事象\(A\in 2^{\Omega }\)を任意に選ぶと、確率測度\(P\)はその確率\(P\left( A\right) \)を与えます。さらに、\(A^{c}\in 2^{\Omega} \)であるため\(P\)は余事象\(A^{c}\)に対してもその確率\(P\left( A^{c}\right) \)を与えますが、両者の間には、\begin{equation*}P\left( A^{c}\right) =1-P\left( A\right)
\end{equation*}という関係が成り立つことが確率論の公理から導かれます。つまり、余事象\(A^{c}\)の確率は、全事象\(\Omega \)の確率である\(1\)から事象\(A \)の確率を引くことにより得られます。
\end{equation*}が成り立つ。
事象の確率がとり得る値の範囲
有限な標本空間に関する確率空間\(\left( \Omega ,2^{\Omega},P\right) \)が与えられたとき、事象\(A\in 2^{\Omega }\)を任意に選ぶと、その確率がとり得る値の範囲が、\begin{equation*}0\leq P\left( A\right) \leq 1
\end{equation*}であることが示されます。つまり、任意の事象の確率は\(0\)以上\(1 \)以下の実数です。
\end{equation*}が成り立つ。
部分事象と確率(単調性)
有限な標本空間に関する確率空間\(\left( \Omega ,2^{\Omega},P\right) \)が与えられたとき、\(A\subset B\)を満たす事象\(A,B\in2^{\Omega }\)を任意に選びます。つまり、\(A\)は\(B\)の部分事象であるということです。この場合、\begin{equation*}P\left( A\right) \leq P\left( B\right)
\end{equation*}が成り立つことが示されます。つまり、\(A\)が\(B\)の部分事象である場合、\(A\)の確率は\(B\)の確率以下となります。以上の性質を単調性(monotonicity)と呼びます。
\end{equation*}が成り立つ。
差事象の確率
有限な標本空間に関する確率空間\(\left( \Omega ,2^{\Omega},P\right) \)が与えられたとき、事象\(A,B\in 2^{\Omega }\)を任意に選びます。\(A\backslash B\in 2^{\Omega }\)かつ\(A\cap B\in 2^{\Omega }\)であるため、\(P\)は差事象\(A\backslash B\)や積事象\(A\cap B\)に対しても確率を与えますが、それらの確率の間に、\begin{equation*}P\left( A\backslash B\right) =P\left( A\right) -P\left( A\cap B\right)
\end{equation*}という関係が成り立つことが導かれます。特に、\(B\subset A\)である場合には\(A\cap B=B\)となるため、\begin{equation*}P\left( A\backslash B\right) =P\left( A\right) -P\left( B\right)
\end{equation*}を得ます。
\end{equation*}が成り立つ。特に、\(B\subset A\)である場合には、\begin{equation*}P\left( A\backslash B\right) =P\left( A\right) -P\left( B\right)
\end{equation*}が成り立つ。
和事象の確率(加法定理)
有限な標本空間に関する確率空間\(\left( \Omega ,2^{\Omega},P\right) \)が与えられたとき、事象\(A,B\in 2^{\Omega }\)を任意に選びます。\(A\)と\(B\)が排反である場合には、確率測度\(P\)の加法性より、\begin{equation*}P\left( A\cup B\right) =P\left( A\right) +P\left( B\right)
\end{equation*}が成り立ちます。一方、\(A\)と\(B\)が排反であるとは限らない場合には、\begin{equation*}P\left( A\cup B\right) =P\left( A\right) +P\left( B\right) -P\left( A\cap
B\right)
\end{equation*}が成り立つことが導かれます。つまり、排反であるとは限らない2つの事象の和事象の確率は、個々の事象の確率の和から積事象の確率を引くことにより得られます。これを加法定理(addition theorem)と呼びます。
B\right)
\end{equation*}が成り立つ。
和事象の確率の範囲(劣加法性)
有限な標本空間に関する確率空間\(\left( \Omega ,2^{\Omega},P\right) \)が与えられたとき、排反であるとは限らない事象\(A,B\in 2^{\Omega }\)を任意に選ぶと、加法定理より、\begin{equation*}P\left( A\cup B\right) =P\left( A\right) +P\left( B\right) -P\left( A\cap
B\right)
\end{equation*}が成り立ちますが、これと確率測度\(P\)の非負性より、\begin{equation*}P\left( A\cup B\right) \leq P\left( A\right) +P\left( B\right)
\end{equation*}が導かれます。つまり、排反であるとは限らない2つの事象の和事象の確率は、個々の事象の確率の和以下になります。これを劣加法性(subadditivity)と呼びます。
\end{equation*}が成り立つ。
劣加法性は有限集合族に関しても拡張可能です。つまり、有限事象列\(\left\{ A_{i}\right\} _{i=1}^{m}\)を任意に選んだとき、\begin{equation*}P\left( \bigcup_{i=1}^{m}A_{i}\right) \leq \sum_{i=1}^{m}P\left( A_{i}\right)
\end{equation*}が成り立つということです。これを有限劣加法性(finite subadditivity)と呼びます。逆に、有限劣加法性において\(m=2\)とすれば劣加法性が導かれるため、有限劣加法性と劣加法性は必要十分です。
積事象の確率の範囲(ボンフェローニの不等式)
有限な標本空間に関する確率空間\(\left( \Omega ,2^{\Omega},P\right) \)が与えられたとき、排反であるとは限らない事象\(A,B\in 2^{\Omega }\)を任意に選ぶと、それらの積事象の確率に関して、\begin{equation*}P\left( A\cap B\right) \geq P\left( A\right) +P\left( B\right) -1
\end{equation*}が成り立つことが導かれます。これをボンフェローニの不等式(Bonferroni’s inequality)と呼びます。
\end{equation*}が成り立つ。
演習問題
\Omega =\left\{ \omega _{1},\cdots ,\omega _{n}\right\}
\end{equation*}のベキ集合上に定義された集合関数\(P:2^{\Omega}\rightarrow \mathbb{R} \)は、それぞれの事象\(A\in 2^{\Omega }\)に対して先験的確率\begin{equation*}P\left( A\right) =\frac{\left\vert A\right\vert }{\left\vert \Omega
\right\vert }
\end{equation*}を定めるものとします。本文中で示したように、\(P\)は確率論の公理を満たします。したがって、やはり本文中で示した確率論の公理の特徴づけに関する命題より、この\(P\)についても、\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \forall A\in 2^{\Omega }:P\left( A\right) \geq 0 \\
&&\left( b\right) \ P\left( \Omega \right) =1 \\
&&\left( c\right) \ \forall A,B\in 2^{\Omega }:\left[ A\cap B=\phi
\Rightarrow P\left( A\cup B\right) =P\left( A\right) +P\left( B\right) \right] \end{eqnarray*}が成り立つはずです。\(P\)が\(\left( a\right) ,\left( b\right) ,\left( c\right) \)を満たすことを\(P\)の定義から導いてください。
\Omega =\left\{ \omega _{1},\cdots ,\omega _{n}\right\}
\end{equation*}のベキ集合上に定義された集合関数\(P:2^{\Omega}\rightarrow \mathbb{R} \)がそれぞれの事象\(A\in2^{\Omega }\)に対して定める値が、特定の標本点\(\omega \in\Omega \)を用いて、\begin{equation*}P\left( A\right) =\left\{
\begin{array}{cc}
1 & \left( if\ \omega \in A\right) \\
0 & \left( if\ \omega \not\in A\right)
\end{array}\right.
\end{equation*}と定義されているものとします。本文中で示したように、\(P\)は確率論の公理を満たします。したがって、やはり本文中で示した確率論の公理の特徴づけに関する命題より、この\(P\)についても、\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \forall A\in 2^{\Omega }:P\left( A\right) \geq 0 \\
&&\left( b\right) \ P\left( \Omega \right) =1 \\
&&\left( c\right) \ \forall A,B\in 2^{\Omega }:\left[ A\cap B=\phi
\Rightarrow P\left( A\cup B\right) =P\left( A\right) +P\left( B\right) \right] \end{eqnarray*}が成り立つはずです。\(P\)が\(\left( a\right) ,\left( b\right) ,\left( c\right) \)を満たすことを\(P\)の定義から導いてください。
P\left( \{1\}\right) &=&1-p
\end{eqnarray*}と定義されています。ただし、\(p\)は\(0\leq p\leq 1\)を満たす実数です。さらに、この試行を有限\(N\)回繰り返すという新たな試行について考えます。ただし、各回の結果は他の回の結果に影響を与えないものと仮定します。このような試行を有限ベルヌーイ試行(finite Bernoulli process)と呼びます。有限ベルヌーイ試行のそれぞれの標本点は、\begin{equation*}\omega =\left( \omega _{1},\cdots ,\omega _{N}\right) \in \left\{
0,1\right\} ^{N}
\end{equation*}という、それぞれの成分が\(0\)または\(1\)を値としてとり得る\(N\)組として表現されます。ただし、それぞれの番号\(n\in \left\{ 1,\cdots ,N\right\} \)について、\(\omega _{n}\in \left\{ 0,1\right\} \)は\(n\)回目の試行の結果を表します。有限ベルヌーイ試行の標本空間は、\begin{equation*}\Omega =\left\{ 0,1\right\} ^{N}
\end{equation*}であり、その中には有限\(2^{N}\)個の標本点が含まれます。有限ベルヌーイ試行の確率測度を定義した上で、それが確率論の公理を満たすことを示してください。
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