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標本空間と事象

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試行

1枚のコインを投げたときに表と裏のどちらが出るかを調べる状況を想定します。仮に、コインを投げる位置や力、方向、着地面の状態、空気抵抗などコイン投げの結果に影響を与え得るすべての条件を一定にしてコイン投げを繰り返すことができるならば、毎回コインの同じ面が出るはずです。しかし実際には、コイン投げの結果に影響を与え得るすべての条件を特定できるとは限りませんし、また、仮にすべての条件を特定できた場合においても、それらが一定になるように環境をコントロールできるとは限りません。したがって、実際には表と裏がどちらとも出ますし、どちらの面が出るかを完全に予測することはできません。この例のように、結果が前もって完全に予測できない状況をランダムネス(randomness)と呼びます。

コイン投げのように、起こり得るすべての結果は分かっていても、その中のどの結果が実際に起こるかはランダムネスによって支配されているような実験や観察を試行(trial)と呼びます。

例(試行)
コインを\(3\)回投げて表が出る回数を観察します。各回に起こり得るのは「表」と「裏」のどちらか一方であるため、この実験で起こり得るすべての結果も事前に分かっています。例えば、「表\(\rightarrow \)表\(\rightarrow \)表」「表\(\rightarrow \)裏\(\rightarrow \)裏」「裏\(\rightarrow \)裏\(\rightarrow \)表」などは結果の例であり、このような結果すべてを事前に列挙することができます。しかし、その中のどの結果が実際に起こるかはランダムネスによって支配されているため、この実験は試行です。
例(試行)
ある工場で製造した電子部品の中から\(1000\)個をランダムに抽出し、製品検査を行った上で不良品の個数を測定します。この検査で起こり得る結果は\(1,2,\cdots ,1000\)などです。しかし、その中のどの結果が実際に起こるかはランダムネスによって支配されているため、この実験は試行です。
例(試行)
ある電球の寿命を測定します。時間は連続的に変化するため、起こり得る結果は実数の集合です。しかし、その中のどの結果が実際に起こるかはランダムネスによって支配されているため、この観察は試行です。

ある試行のもとである現象が起こる確率(probability)というとき、その日常的な意味は、現象の起こりやすさを数字で表現したものということですが、確率とは厳密にはどのように定義されるのでしょうか。試行において現象が起こる確率を正確に評価するためには、確率の概念をあらかじめきちんと定義しておく必要があります。ただ、確率の定義について述べる前に、まずは確率の測定対象となる現象を定式化しましょう。

 

標本空間

与えらえた試行において起こり得る個々の結果を標本点(sample point)と呼び、試行において起こり得るすべての標本点からなる集合標本空間(sample space)と呼ばれる集合として定式化します。多くの場合、標本空間を\(\Omega \)で表し、標本空間に属する個々の標本点を\(\omega \)で表します。\(\omega \in \Omega \)です。

標本空間は考察の対象となる試行に応じて有限集合可算集合非可算集合など様々な形式をとり得ます。

例(有限型の標本空間)
「コインを1回投げる」という試行の標本空間は\begin{equation*}
\Omega =\left\{ \text{表},\text{裏}\right\}
\end{equation*}という有限集合です。
例(有限型の標本空間)
「コインを2回投げる」という試行の標本空間は、\begin{equation*}
\Omega =\{(\text{表},\text{表}),(\text{表},\text{裏}),(\text{裏},\text{表}),(\text{裏},\text{裏})\}
\end{equation*}という有限集合です。ただし、例えば、\((\)表\(,\)裏\()\)という標本点は、1回目に表が出て2回目に裏が出るという結果に相当します。
例(有限型の標本空間)
「ある工場が1日に生産する製品の中から1000個を抽出した上で不良品の個数を計測する」という試行の標本空間は、製品の数を非負の整数で数えるならば、\begin{equation*}
\Omega =\left\{ 0,1,2,\cdots ,1000\right\}
\end{equation*}という有限集合です。
例(可算型の標本空間)
「正の整数をランダムに1つ抽出する」という試行の標本空間は、\begin{equation*}
\Omega = \mathbb{N}
\end{equation*}であり、これは明らかに可算集合です。
例(可算型の標本空間)
「表が出るまでコインを投げ続ける」という試行の標本空間は、\begin{equation*}
\Omega =\{\text{表},\text{裏表},\text{裏裏表},\text{裏裏裏表},\cdots \}
\end{equation*}です。ただし、例えば「表」という標本点は1回目に表が出る結果に、「裏表」は2回目に表が出る結果にそれぞれ対応しています。他の標本点についても同様です。それぞれの標本点には、何回目に表が出るかを表す番号\(1,2,3,\cdots \)をそれぞれ付番できます。また、有限回で表が出る保証はないため標本点は無限個存在します。したがってこの標本空間\(\Omega \)は可算集合です。
例(非可算型の標本空間)
「ある電球の寿命を測定する」という試行の標本空間は、時間が連続的に変化することを踏まえると、\begin{equation*}
\Omega =[0,+\infty )\subset \mathbb{R}\end{equation*}という非可算集合となります。
例(非可算型の標本空間)
「球を投げて、床に接地した球面上の点を測定する」という試行について考えます。中心からの距離が\(1\)の単位球を考察対象とするのであれば、その球面は、\begin{equation*}
S=\{\left( x_{1},x_{2},x_{3}\right) \in \mathbb{R}^{3}\ |\ x_{1}^{2}+x_{2}^{2}+x_{3}^{2}=1\}
\end{equation*}となります。この試行のそれぞれの標本点は\(S\)上の点であるため、標本空間は、\begin{equation*}
\Omega =S
\end{equation*}となります。これは非可算集合です。

何を標本空間として採用するかは想定する実験や観察に依存して変化します。例えば、コインを1回投げるという試行の標本空間は\begin{equation*}
\Omega _{1}=\{\text{表},\text{裏}\}
\end{equation*}ですが、コインを2回投げるという試行の標本空間は\begin{equation*}
\Omega _{2}=\{(\text{表},\text{表}),(\text{表},\text{裏}),(\text{裏},\text{表}),(\text{裏},\text{裏})\}
\end{equation*}です。コインを2回投げるという試行はコインを1回投げるという試行を2回繰り返すことと等しいにも関わらず、あえて\(\Omega _{1}\)とは異なる標本空間\(\Omega _{2}\)を持ち出すのは、この場合には「コインを2回投げる」という試行を繰り返し行う実験を念頭においているからです。一方、「コインを1回投げる」という試行を繰り返し行う実験を念頭においている場合には、標本空間として\(\Omega _{1}\)を採用することになります。

 

事象

例えば、1枚のコインを2回投げるという試行において、「表が出る確率」や「表が2回出る確率」など様々な現象の起こりやすさに興味があるとき、そもそも、これらの現象をどのように定式化すればよいでしょうか。この試行の標本空間は、\begin{equation*}
\Omega =\{(\text{表},\text{表}),(\text{表},\text{裏}),(\text{裏},\text{表}),(\text{裏},\text{裏})\}
\end{equation*}ですが、この試行において先の「表が出る」という現象はどのように表現できるでしょうか。\(\Omega \)に含まれる標本点の中からこの現象と整合的なものだけを集めると、\begin{equation*}
A=\{(\text{表},\text{表}),(\text{表},\text{裏}),(\text{裏},\text{表})\}
\end{equation*}という\(\Omega \)の部分集合が得られます。ただし、ある標本点が現象と整合的であるとは、上の例が示すように、試行によってその標本点が実現した場合には、その現象が起きたと言える場合を指します。同様に、「表が2回出る」という現象に関しても、\(\Omega \)に含まれる標本点の中からこの現象と整合的なものだけを集めることにより、\begin{equation*}
B=\{(\text{表},\text{表})\}
\end{equation*}という\(\Omega \)の部分集合が得られます。他の現象に対してもそれと整合的な標本点からなる\(\Omega \)の部分集合を特定できます。

以上を踏まえると、試行の標本空間\(\Omega \)の部分集合を利用すれば、その試行によって起こり得る様々な現象を表現できるということになります。そこで以降では、試行によって起こり得る様々な現象を標本空間の部分集合と同一視し、それを事象(event)と呼びます。つまり、問題としている現象\(X\)に相当する事象が\(A\subset \Omega \)であることとは、任意の\(\omega \in \Omega \)について、\begin{equation*}
X\text{が起こる}\Leftrightarrow \omega \in A
\end{equation*}という関係が成り立つことを意味します。その上で、上の関係を満たす現象\(X\)と事象\(A\)を同一視します。

標本点\(\omega \in \Omega \)に対して、それのみから構成される1点集合\(\left\{ \omega \right\} \)は\(\Omega \)の部分集合であるため、これもまた事象です。したがって、\(\omega \)と\(\left\{ \omega \right\} \)を同一視するならば、個々の標本点を事象とみなすことができます。このような特別な事象を根元事象(elementary event)と呼びます。例えば、先の例において、「1回目に表が出て2回目に裏が出る」という事象は、標本点\((\)表\(,\)裏\()\)と同一視される根元事象です。

例(事象)
「ある工場が1日に生産する製品の中から1000個を抽出した上で不良品の個数を計測する」という試行の標本空間は、\begin{equation*}
\Omega =\left\{ 0,1,2,\cdots ,1000\right\}
\end{equation*}です。「不良品が\(10\)個以下である」という事象は、\begin{equation*}
A=\left\{ 0,1,2,\cdots ,10\right\}
\end{equation*}と表すことができます。また、「不良品の割合が\(0.2\%\)以下である」という事象は、\begin{equation*}
B=\left\{ 0,1,2\right\}
\end{equation*}と表すことができます。
例(事象)
「表が出るまでコインを投げ続ける」という試行の標本空間は、\begin{equation*}
\Omega =\left\{ \text{表},\text{裏表},\text{裏裏表},\text{裏裏裏表},\cdots \right\}
\end{equation*}です。「\(3\)回までに表が出る」という事象は、\begin{equation*}
A=\left\{ \text{表},\text{裏表},\text{裏裏表}\right\}
\end{equation*}と表すことができます。また、「\(4\)回目以降に表が出る」という事象は、\begin{equation*}
A=\left\{ \text{裏裏裏表},\text{裏裏裏裏表},\text{裏裏裏裏表},\cdots \right\}
\end{equation*}と表すことができます。
例(事象)
「ある電球の寿命を測定する」という試行の標本空間は、\begin{equation*}
\Omega =[0,+\infty )\subset \mathbb{R}\end{equation*}です。「寿命は\(5\)以下」という事象は、\begin{equation*}
A=\left[ 0,5\right] \end{equation*}と表すことができます。また、「寿命は\(2\)より長い」という事象は、\begin{equation*}
B=\left( 2,+\infty \right)
\end{equation*}と表すことができます。

次回は部分事象について解説します。

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