加法
すべての実数からなる集合\(\mathbb{R} \)の上には加法(addition)と呼ばれる二項演算
\begin{equation*}
+:\mathbb{R} \times \mathbb{R} \rightarrow \mathbb{R} \end{equation*}が定義されているものと定めます。実数を成分とする順序対\(\left( x,y\right) \in \mathbb{R} \times \mathbb{R} \)に対して加法\(+\)が定める実数を、\begin{equation*}x+y
\end{equation*}で表記し、これを\(x\)と\(y\)の和(sum)と呼びます。順序対\(\left( x,y\right) \)に加法\(+\)を作用させることを\(x\)と\(y\)を足す(add)と言います。
集合\(\mathbb{R} \)上に加法\(+\)が定義されていることとは、\begin{equation*}\forall x,y\in \mathbb{R} :x+y\in \mathbb{R} \end{equation*}が成り立つことを意味します。つまり、任意の2つの実数の和が実数になることが保証されているということです。このことを指して\(\mathbb{R} \)は加法\(+\)について閉じている(closed under addition)と言います。
公理主義的実数論においては、加法\(+\)が満たすべき性質を公理として定めます。
加法\(+\)が満たすべき1つ目の公理は、\begin{equation*}\left( R_{1}\right) \ \forall x,y,z\in \mathbb{R} :\left( x+y\right) +z=x+\left( y+z\right)
\end{equation*}であり、これを加法に関する結合律(associative law)と呼びます。括弧\(\left( \ \right) \)は加法\(+\)を適用する順番を表す記号です。つまり、左辺\(\left( x+y\right) +z\)は、はじめに\(x\)と\(y\)を足した上で、得られた結果\(x+y\)と\(z\)をさらに足して得られる結果です。右辺の\(x+\left( y+z\right) \)は、はじめに\(y\)と\(z\)を足した上で、\(x\)と先の結果を足して得られる結果です。結合律はこれらの結果が等しいことを保証します。つまり、3つの実数\(x,y,z\)に対して加法を適用する際には、隣り合うどの2つを先に足しても得られる結果は変わらないということです。
加法\(+\)が満たすべき2つ目の公理は、\begin{equation*}\left( R_{2}\right) \ \exists 0\in \mathbb{R} ,\ \forall x\in \mathbb{R} :x+0=x
\end{equation*}です。これは、任意の実数\(x\)に足してもその結果が\(x\)のままであるような実数\(0\)の存在を保証しています。この実数\(0\)を加法単位元(identity element of addition)やゼロ(zero)などと呼びます。
加法\(+\)が満たすべき3つ目の公理は、\begin{equation*}\left( R_{3}\right) \ \forall x\in \mathbb{R} ,\ \exists -x\in \mathbb{R} :x+\left( -x\right) =0
\end{equation*}です。これは、それぞれの実数\(x\)に対して、それに足すと結果が加法単位元\(0\)になるような実数\(-x\)の存在を保証しています。このような実数\(-x\)を\(x\)の加法逆元(inverse element of addition)や負数(negative number)などと呼びます。
加法\(+\)が満たすべき4つ目の公理は、\begin{equation*}\left( R_{4}\right) \ \forall x,y\in \mathbb{R} :x+y=y+x
\end{equation*}であり、これを加法に関する交換律(commutative law)と呼びます。本来、2つの実数\(x,y\)に関する順序対\(\left( x,y\right) ,\left(y,x\right) \)は異なるものとして区別されるため、\(\left( x,y\right) \)に\(+\)を適用して得られる\(x+y\)と\(\left( y,x\right) \)に\(+\)を適用して得られる\(y+x\)もまた区別されるべきですが、交換律はこれらが等しいことを保証します。
加法を規定する公理は以上の通りです。まとめておきます。
&&\left( R_{2}\right) \ \exists 0\in \mathbb{R} ,\ \forall x\in \mathbb{R} :x+0=x \\
&&\left( R_{3}\right) \ \forall x\in \mathbb{R} ,\ \exists -x\in \mathbb{R} :x+\left( -x\right) =0 \\
&&\left( R_{4}\right) \ \forall x,y\in \mathbb{R} :x+y=y+x
\end{eqnarray*}を満たすことを公理として定める。
加法\(+\)が\(\left( R_{1}\right) \)を満たすことは\(\mathbb{R} \)が加法\(+\)に関して半群(semigroup)であることを意味します。また、\(\left( R_{1}\right) \)に加えて\(\left(R_{2}\right) \)を満たすことは\(\mathbb{R} \)が加法\(+\)に関してモノイド(monoid)であることを意味します。さらに、\(\left( R_{1}\right) ,\left( R_{2}\right) \)に加えて\(\left( R_{3}\right) \)が成り立つことは\(\mathbb{R} \)が加法\(+\)に関して群(group)であることを意味します。また、\(\left(R_{1}\right) ,\left( R_{2}\right) ,\left( R_{3}\right) \)に加えて\(\left( R_{4}\right) \)が成り立つことは\(\mathbb{R} \)が加法\(+\)に関して可換群(commutative group)またはアーベル群(abelian group)であることを意味します。つまり、公理主義的実数論において、\(\mathbb{R} \)は加法\(+\)に関して可換群であることを公理として認めるということです。
加法逆元の加法逆元
公理主義のもとで実数について考えるということは実数の公理だけを議論の出発点として認めることを意味します。したがって、\(\mathbb{R} \)上に定義された加法\(+\)に関する主張はいずれも加法\(+\)に関する公理\begin{eqnarray*}&&\left( R_{1}\right) \ \forall x,y,z\in \mathbb{R} :\left( x+y\right) +z=x+\left( y+z\right) \\
&&\left( R_{2}\right) \ \exists 0\in \mathbb{R} ,\ \forall x\in \mathbb{R} :x+0=x \\
&&\left( R_{3}\right) \ \forall x\in \mathbb{R} ,\ \exists -x\in \mathbb{R} :x+\left( -x\right) =0 \\
&&\left( R_{4}\right) \ \forall x,y\in \mathbb{R} :x+y=y+x
\end{eqnarray*}から導かれてはじめて正しいものとして認められます。以下では、加法の公理から導かれる加法に関する基本的な命題をいくつか紹介します。
実数\(x\)を任意に選んだとき、加法逆元の定義\(\left( R_{3}\right) \)より、その加法逆元\(-x\)に相当する実数が存在します。\(-x\)は実数であるため、やはり加法逆元の定義\(\left( R_{3}\right) \)より、さらにその加法逆元\(-\left( -x\right) \)が存在しますが、実はこれはもとの実数\(x\)と一致します。つまり、任意の実数\(x\)に対して、その加法逆元の加法逆元は\(x\)と一致するということです。
\end{equation*}が成り立つ。
加法に関する簡約法則
\(\mathbb{R} \)は加法\(+\)について閉じているため、実数\(x\)に対して実数\(y,z\)をそれぞれ足して得られる\(x+y\)と\(x+z\)はともに実数です。この2つの和が等しい場合には、\(x\)にそれぞれ足した\(y\)と\(z\)もまた等しいことが保証されます。これを加法に関する簡約法則(cancellation law)と呼びます。これは直感的には自明な主張ですが、公理主義的実数論のもとではこれもまた加法に関する公理から証明する必要があります。
実数\(x,y,z\in \mathbb{R} \)をそれぞれ任意に選んだとき、\begin{equation*}x+y=x+z\Rightarrow y=z
\end{equation*}が成り立つ。
加法に関する簡約法則は実数の公理から導かれた命題であるため、議論の前提として利用できます。加法に関する簡約法則からは様々な有用な命題を導くことができます。
加法単位元の加法逆元
公理\(\left( R_{2}\right) \)より加法単位元\(0\)は実数であるため、加法逆元の定義\(\left( R_{3}\right) \)より\(-0\)もまた実数ですが、加法に関する簡約法則を利用すると、これが\(0\)と一致することが示されます。つまり、加法単位元\(0\)の加法逆元は\(0\)と一致するということです。
\end{equation*}が成り立つ。
加法単位元の一意性
加法に関する簡約法則を利用すると、加法単位元\(0\)が一意的であることが示されます。
加法逆元の一意性
実数\(x\)を任意に選んだとき、加法逆元の定義\(\left( R_{3}\right) \)より、その加法逆元\(-x\)に相当する実数が存在しますが、加法に関する簡約法則を利用するとこれが一意的であることが示されます。つまり、それぞれの実数に対して、その加法逆元は1つずつしか存在しないということです。
演習問題
\end{equation*}を満たすものとして定義されますが、その一方で、\begin{equation*}
\forall x\in \mathbb{R} :0+x=x
\end{equation*}という命題もまた成立することを実数の公理から証明してください。
\end{equation*}を満たす実数\(-x\in \mathbb{R} \)として定義されますが、その一方で、\begin{equation*}\forall x\in \mathbb{R} :\left( -x\right) +x=0
\end{equation*}という命題もまた成立することを実数の公理から証明してください。
\end{equation*}という関係が成り立ちます。つまり、3個の実数\(x_{1},x_{2},x_{3}\)を足し合わせる際に、隣り合うどの2つを先に足しても得られる結果は変わりません。4個の実数\(x_{1},x_{2},x_{3},x_{4}\in \mathbb{R} \)を任意に選んだとき、これらを足し合わせる際には、隣り合うどの2つを先に足し合わせるかその順番によって、生じ得る結果は以下の5通り\begin{eqnarray*}&&\left( \left( x_{1}+x_{2}\right) +x_{3}\right) +x_{4} \\
&&\left( x_{1}+\left( x_{2}+x_{3}\right) \right) +x_{4} \\
&&x_{1}+\left( \left( x_{2}+x_{3}\right) +x_{4}\right) \\
&&x_{1}+\left( x_{2}+\left( x_{3}+x_{4}\right) \right) \\
&&\left( x_{1}+x_{2}\right) +\left( x_{3}+x_{4}\right)
\end{eqnarray*}存在しますが、これらが一致することを実数の公理から証明してください。
\end{equation}が成り立つことを示し、これを加法の簡約法則と呼びました。では、実数\(x,y,z\in \mathbb{R} \)をそれぞれ任意に選んだとき、\begin{equation}y+x=z+x\Rightarrow y=z \quad \cdots (2)
\end{equation}もまた成り立つでしょうか。証明してください。\(\left( 1\right) \)と\(\left( 2\right) \)を区別する場合、\(\left(1\right) \)を左簡約法則(left cancellation property)と呼び、\(\left(2\right) \)を右簡約法則(right cancellation property)と呼びます。
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