生産集合の無償廃棄可能性
分析対象である生産者にとって、経済に存在する商品の中でも\(N\)種類の商品が生産要素であり、それらとは異なる\(1\)種類の商品が生産物である状況、すなわち\(N\)生産要素\(1\)生産物モデルを想定します。\(N\)生産要素\(1\)生産物モデルにおいて生産ベクトルは投入ベクトルと産出量の組\begin{equation*}\left( x,y\right) =\left( x_{1},\cdots ,x_{N},y\right) \in \mathbb{R} _{+}^{N+1}
\end{equation*}として表現されます。技術的な制約を踏まえた上で生産者がなおも選択可能な生産ベクトルからなる集合を生産集合\begin{equation*}
Y\subset \mathbb{R} _{+}^{N+1}
\end{equation*}として定式化しました。このとき、\(Y\)が以下の条件\begin{equation*}\forall \left( x,y\right) \in Y,\ \forall \left( x^{\prime },y^{\prime
}\right) \in \mathbb{R} _{+}^{N+1}:\left[ \left( x^{\prime }\geq x\wedge y^{\prime }\leq y\right)
\Rightarrow \left( x^{\prime },y^{\prime }\right) \in Y\right]
\end{equation*}を満たすならば、すなわち、技術的に選択可能な生産ベクトル\(\left( x,y\right) \)を出発点としてすべての生産要素の投入量を減らさず、生産物の産出量を増やさない場合、そのようにして得られる生産ベクトル\(\left( x^{\prime},y^{\prime }\right) \)もまた技術的に選択可能であることが保証される場合には、\(Y\)は無償廃棄可能性(free disposability)を満たすと言います。
生産集合\(Y\)が無償廃棄可能性を満たすものとします。すると、技術的に選択可能な生産ベクトル\(\left( x,y\right) \in Y\)を任意に選んだとき、\begin{equation*}y^{\prime }<y
\end{equation*}を満たす任意の生産ベクトル\(\left( x,y^{\prime }\right) \in \mathbb{R} ^{N}\)もまた技術的に選択可能であることが保証されますが、これは何を意味するのでしょうか。これは、技術的に選択可能な生産ベクトル\(\left( x,y\right) \)を出発点に、すべての生産要素の投入量を一定にしたまま生産物の産出量を減らした\(\left( x,y^{\prime }\right) \)もまた実現可能であることを意味します。生産要素の投入量が一定であるならば、本来、\(\left( x,y\right) \)と\(\left( x,y^{\prime }\right) \)とでは生産物の産出量も同じであるはずです。それにもかかわらず\(y^{\prime }<y\)が成り立つということは、\(y\)に直面した生産者は生産物をあえて\(y-y^{\prime }\)だけ処分することで\(\left( x,y^{\prime }\right) \)を実現していることになります。通常、生産物を処分する際には費用がかかるため、\(\left( x,y\right) \)が実行可能である場合に\(\left( x,y^{\prime }\right) \)もまた実行可能であるとは限りません。無償廃棄可能性は、生産者が制約なく生産物を処分できることを仮定します。
生産集合\(Y\)が無償廃棄可能性を満たすものとします。すると、技術的に選択可能な生産ベクトル\(\left( x,y\right) \in Y\)を任意に選んだとき、\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \exists i\in \left\{ 1,\cdots ,N\right\} :x_{i}^{\prime
}>x_{i} \\
&&\left( b\right) \ \forall j\in \left\{ 1,\cdots ,i-1,i+1,\cdots ,N\right\}
:x_{j}^{\prime }=x_{j}
\end{eqnarray*}をともに満たす任意の生産ベクトル\(\left( x^{\prime},y\right) \in \mathbb{R} ^{N}\)もまた技術的に選択可能であることが保証されますが、これは何を意味するのでしょうか。これは、技術的に選択可能な生産ベクトル\(\left( x,y\right) \)を出発点に、生産要素\(i\)以外の生産要素の投入量や生産物の産出量を一定にしたまま、生産要素\(i\)の投入量を自由に増やした\(\left(x^{\prime },y\right) \)もまた実現可能であることを意味します。生産要素\(i\)以外の生産要素の投入量や生産物の産出量が一定であるならば、本来、生産要素\(i\)の投入量を増やさなくても\(\left( x,y\right) \)における産出を実現できるはずです。それにも関わらず\(x_{i}^{\prime }>x_{i}\)が成り立つということは、\(\left(x,y\right) \)に直面した生産者は生産要素\(i\)をあえて\(x_{i}^{\prime }-x_{i}\)だけ過剰に抱えることで\(\left( x^{\prime },y\right) \)を実現していることを意味します。通常、余った生産要素を処分する際には費用がかかるため、\(\left( x,y\right) \)が実行可能である場合に\(\left( x^{\prime },y\right) \)もまた実行可能であるとは限りません。無償廃棄可能性は、生産者が制約なく生産要素を処分できることを仮定します。
逆に、生産集合\(Y\)が無償廃棄可能性を満たさないこととは、\begin{equation*}\exists \left( x,y\right) \in Y,\ \exists \left( x^{\prime },y^{\prime
}\right) \in \mathbb{R} _{+}^{N+1}:\left[ x^{\prime }\geq x\wedge y^{\prime }\leq y\wedge \left(
x^{\prime },y^{\prime }\right) \not\in Y\right]
\end{equation*}が成り立つことを意味します。
図中の生産ベクトル\(\left( x^{\prime },y^{\prime }\right) \in Y\)の右下の部分にある任意の生産ベクトルが\(Y\)の要素であることを確認できますが、これは生産者が生産物や生産要素を制限なく処分できることを意味します。\(x\)軸とは異なる生産集合の境界は右上がりの曲線であるため、その曲線上の任意の点において同様の議論が成り立ちます。また、その他の\(Y\)の点についても同様であるため、\(Y\)は無償廃棄可能性を満たしています。生産集合\(Y\)が無償廃棄可能性を満たす場合、生産集合の境界は水平または右上がりになります。
図中の生産ベクトル\(\left( x^{\prime },y^{\prime }\right) \in Y\)の右側にある生産ベクトルは\(Y\)の要素ではないため、\(Y\)は無償廃棄可能性を満たしません。生産集合\(Y\)の境界が右下がりの部分を持つ場合、\(Y\)は無償廃棄可能性を満たしません。
図中の生産ベクトル\(\left( x^{\prime },y^{\prime }\right) \in Y\)の右下には\(Y\)の要素ではない生産ベクトルが存在するため、\(Y\)は無償廃棄可能性を満たしません。
生産関数の性質としての無償廃棄可能性
生産集合\(Y\subset \mathbb{R} _{+}^{N+1}\)が与えられたとき、生産関数\(f:\mathbb{R} _{+}^{N}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)はそれぞれの投入ベクトル\(x\in \mathbb{R} _{+}^{N}\)に対して、\begin{equation*}f\left( x\right) =\max \left\{ y\in \mathbb{R} _{+}\ |\ \left( x,y\right) \in Y\right\}
\end{equation*}を値として定める関数として定義されます。以上を踏まえると、生産集合\(Y\)が無償廃棄可能性を満たすという仮定、すなわち、\begin{equation*}\forall \left( x,y\right) \in Y,\ \forall \left( x^{\prime },y^{\prime
}\right) \in \mathbb{R} _{+}^{N+1}:\left[ \left( x^{\prime }\geq x\wedge y^{\prime }\leq y\right)
\Rightarrow \left( x^{\prime },y^{\prime }\right) \in Y\right]
\end{equation*}が成り立つことを以下のように表現できます。
\geq f\left( x\right) \right] \end{equation*}が成り立つものとする。加えて、\begin{equation*}
\forall x\in \mathbb{R} _{+}^{N+1},\ \forall y\in \left[ 0,f\left( x\right) \right] :\left(
x,y\right) \in Y
\end{equation*}が成り立つ場合には、\(Y\)は無償廃棄不可能性を満たす。
Y=\left\{ \left( x,y\right) \in \mathbb{R} _{+}^{2}\ |\ y\leq x\right\}
\end{equation*}と定義します。これは下図のグレーの領域として図示されています(境界を含む)。
先に示したように\(Y\)は無償廃棄可能性を満たします。実際、生産関数\(f:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)が存在して、これはそれぞれの\(x\in \mathbb{R} _{+}\)に対して、\begin{eqnarray*}f\left( x\right) &=&\max \left\{ y\in \mathbb{R} _{+}\ |\ \left( x,y\right) \in Y\right\} \quad \because \text{生産関数の定義} \\
&=&\max \left\{ y\in \mathbb{R} _{+}\ |\ y\leq x\right\} \\
&=&\max \left[ 0,x\right] \\
&=&x
\end{eqnarray*}を定めるため、\(f\)は単調増加関数です。加えて、\(x\in \mathbb{R} _{+}\)を任意に選んだ上で、\begin{equation*}y\in \left[ 0,f\left( x\right) \right]
\end{equation*}すなわち、\begin{equation*}
y\in \left[ 0,x\right]
\end{equation*}すなわち、\begin{equation*}
0\leq y\leq x
\end{equation*}を満たす\(y\in \mathbb{R} _{+}\)を任意に選ぶと、\(Y\)の定義より、\begin{equation*}\left( x,y\right) \in Y
\end{equation*}が成り立ちます。したがって\(Y\)は無償廃棄可能性を満たします。
演習問題
Y=\left\{ \left( x_{1},x_{2},y\right) \in \mathbb{R} _{+}^{3}\ |\ x_{1}^{\frac{1}{2}}x_{2}^{\frac{1}{2}}\geq y\right\}
\end{equation*}で与えられているものとします。\(Y\)が無償廃棄可能性を満たすことを示してください。
Y=\left\{ \left( x_{1},x_{2},y\right) \in \mathbb{R} _{+}^{3}\ |\ y\leq \min \left\{ x_{1},\frac{x_{2}}{2}\right\} \right\}
\end{equation*}で与えられているものとします。\(Y\)が無償廃棄可能性を満たすことを示してください。
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