限界生産
分析対象である生産者にとって、経済に存在する商品の中でも\(N\)種類の商品が生産要素であり、それらとは異なる\(1\)種類の商品が生産物である状況、すなわち\(N\)生産要素\(1\)生産物モデルを想定します。
生産者の技術が生産集合\(Y\subset \mathbb{R} _{+}^{N+1}\)および生産関数\(f:\mathbb{R} _{+}^{N}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)として表現されているものとします。投入ベクトル\(\overline{x}\in \mathbb{R} _{+}^{N}\)を任意に選んだ上で、そこを出発点として特定の生産要素\(i\ \left( =1,\cdots ,N\right) \)の投入量\(x_{i}\)を\(\Delta x_{i}\)だけ変化させると、それに応じて生産物の産出量は\(f\left( \overline{x}\right) \)から\(f\left( \overline{x}_{1},\cdots ,\overline{x}_{i}+\Delta x_{i},\cdots ,\overline{x}_{N}\right) \)まで変化します。このとき、産出量の\(f\left( x\right) \)の変化量と生産要素\(i\)の投入量\(x_{i}\)の変化量の比を、\begin{equation*}MP_{i}\left( \overline{x}\right) =\frac{f\left( \overline{x}_{1},\cdots ,\overline{x}_{i}+\Delta x_{i},\cdots ,\overline{x}_{N}\right) -f\left(
\overline{x}\right) }{\Delta x_{i}}
\end{equation*}で表記し、これを\(\overline{x}\)における生産要素\(i\)の限界生産(marginal product ofinput \(i\) at \(\overline{x}\))と呼びます。これは、投入ベクトル\(\overline{x}\)を出発点に生産要素\(i\)の投入量だけを\(1\)単位だけ変化させた場合の生産物の産出量の変化量を表す指標です。
\end{equation*}を定めるものとします。投入ベクトル\(\left( \overline{x}_{1},\overline{x}_{2}\right) \in \mathbb{R} _{+}^{2}\)を任意に選んだとき、そこでの生産要素\(1\)の限界生産は、\begin{eqnarray*}MP_{1}\left( \overline{x}_{1},\overline{x}_{2}\right) &=&\frac{f\left(
\overline{x}_{1}+\Delta x_{1},\overline{x}_{2}\right) }{\Delta x_{1}}\quad
\because \text{限界生産の定義} \\
&=&\frac{\left( \overline{x}_{1}+\Delta x_{1}\right) +2\overline{x}_{2}}{\Delta x_{1}}\quad \because f\text{の定義}
\end{eqnarray*}であり、生産要素\(2\)の限界生産は、\begin{eqnarray*}MP_{2}\left( \overline{x}_{1},\overline{x}_{2}\right) &=&\frac{f\left(
\overline{x}_{1},\overline{x}_{2}+\Delta x_{2}\right) }{\Delta x_{2}}\quad
\because \text{限界生産の定義} \\
&=&\frac{\overline{x}_{1}+2\left( \overline{x}_{2}+\Delta x_{2}\right) }{\Delta x_{2}}\quad \because f\text{の定義}
\end{eqnarray*}です。
\end{equation*}を定めるものとします。投入ベクトル\(\left( \overline{x}_{1},\overline{x}_{2}\right) \in \mathbb{R} _{+}^{2}\)を任意に選んだとき、そこでの生産要素\(1\)の限界生産は、\begin{eqnarray*}MP_{1}\left( \overline{x}_{1},\overline{x}_{2}\right) &=&\frac{f\left(
\overline{x}_{1}+\Delta x_{1},\overline{x}_{2}\right) }{\Delta x_{1}}\quad
\because \text{限界生産の定義} \\
&=&\frac{\left( \overline{x}_{1}+\Delta x_{1}\right) ^{\frac{1}{2}}\overline{x}_{2}^{\frac{1}{2}}}{\Delta x_{1}}\quad \because f\text{の定義}
\end{eqnarray*}であり、生産要素\(2\)の限界生産は、\begin{eqnarray*}MP_{2}\left( \overline{x}_{1},\overline{x}_{2}\right) &=&\frac{f\left(
\overline{x}_{1},\overline{x}_{2}+\Delta x_{2}\right) }{\Delta x_{2}}\quad
\because \text{限界生産の定義} \\
&=&\frac{\overline{x}_{1}^{\frac{1}{2}}\left( \overline{x}_{2}+\Delta
x_{2}\right) ^{\frac{1}{2}}}{\Delta x_{2}}\quad \because f\text{の定義}
\end{eqnarray*}です。
微分による限界生産の定義
繰り返しになりますが、生産者の技術が生産集合\(Y\subset \mathbb{R} _{+}^{N+1}\)および生産関数\(f:\mathbb{R} _{+}^{N}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)として表現されているとき、投入ベクトル\(\overline{x}\in \mathbb{R} _{+}^{N}\)と生産要素\(i\ \left( =1,\cdots,N\right) \)をそれぞれ任意に選ぶと、点\(\overline{x}\)における生産要素\(i\)の限界生産は、\begin{equation*}MP_{i}\left( \overline{x}\right) =\frac{f\left( \overline{x}_{1},\cdots ,\overline{x}_{i}+\Delta x_{i},\cdots ,\overline{x}_{N}\right) -f\left(
\overline{x}\right) }{\Delta x_{i}}
\end{equation*}と定義されますが、先に例を通じて確認したように、この値は生産要素\(i\)の変化量\(\Delta x_{i}\)に依存するため一意的に定まりません。このような問題を解決するために微分を用いて限界生産を定義します。具体的には、生産関数\(f\)が点\(\overline{x}\)において偏微分可能である場合には十分小さい\(\Delta x_{i}\)について、\begin{equation*}f\left( \overline{x}_{1},\cdots ,\overline{x}_{i}+\Delta x_{i},\cdots ,\overline{x}_{N}\right) \approx f\left( \overline{x}\right) +\frac{\partial
f\left( \overline{x}\right) }{\partial x_{i}}\Delta x_{i}
\end{equation*}という近似関係が成立するため、これと\(\left( 1\right) \)より、十分小さい\(\Delta x_{i}\)について、\begin{equation*}MP_{i}\left( \overline{x}\right) \approx \frac{\partial f\left( \overline{x}\right) }{\partial x_{i}}
\end{equation*}という関係が成り立ちます。一般に、偏微分係数が存在する場合には一意的であるため、上の近似式の右辺の値が存在する場合には一意的に定まります。以上を踏まえた上で、以降では点\(\overline{x}\)における生産要素\(i\)の限界生産を、\begin{equation*}MP_{i}\left( \overline{x}\right) =\frac{\partial f\left( \overline{x}\right)
}{\partial x_{i}}
\end{equation*}と定義します。つまり、生産関数\(f\)の点\(\overline{x}\)における変数\(x_{i}\)に関する偏微分係数として\(MP_{i}\left( \overline{x}\right) \)を定義するということです。
生産関数\(f:\mathbb{R} _{+}^{N}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)が生産要素\(i\)の投入量\(x_{i}\)に関して偏微分可能である場合には、すなわち、変数\(x_{i}\)に関する偏導関数\begin{equation*}\frac{\partial f\left( x\right) }{\partial x_{i}}:\mathbb{R} _{+}^{N}\rightarrow \mathbb{R} \end{equation*}が存在する場合には、それぞれの投入ベクトル\(x\in \mathbb{R} _{+}^{N}\)に対して、そこでの生産要素\(i\)の限界生産\begin{equation*}MP_{i}\left( x\right) =\frac{\partial f\left( x\right) }{\partial x_{i}}
\end{equation*}が存在することが保証されます。
\end{equation*}を定めるものとします。\(f\)は偏微分可能であるため、投入ベクトル\(\left( x_{1},x_{2}\right) \in \mathbb{R} _{+}^{2}\)を任意に選んだとき、そこでの生産要素\(1\)の限界生産は、\begin{eqnarray*}MP_{1}\left( x_{1},x_{2}\right) &=&\frac{\partial f\left(
x_{1},x_{2}\right) }{\partial x_{1}}\quad \because \text{限界生産の定義} \\
&=&1\quad \because f\text{の定義}
\end{eqnarray*}となり、生産要素\(2\)の限界生産は、\begin{eqnarray*}MP_{2}\left( x_{1},x_{2}\right) &=&\frac{\partial f\left(
x_{1},x_{2}\right) }{\partial x_{2}}\quad \because \text{限界生産の定義} \\
&=&2\quad \because f\text{の定義}
\end{eqnarray*}となります。
\end{equation*}を定めるものとします。\(f\)は偏微分可能であるため、投入ベクトル\(\left( x_{1},x_{2}\right) \in \mathbb{R} _{++}^{2}\)を任意に選んだとき、そこでの生産要素\(1\)の限界生産は、\begin{eqnarray*}MP_{1}\left( x_{1},x_{2}\right) &=&\frac{\partial f\left(
x_{1},x_{2}\right) }{\partial x_{1}}\quad \because \text{限界生産の定義} \\
&=&\frac{1}{2}x_{1}^{-\frac{1}{2}}x_{2}^{\frac{1}{2}}\quad \because f\text{の定義}
\end{eqnarray*}となり、生産要素\(2\)の限界生産は、\begin{eqnarray*}MP_{2}\left( x_{1},x_{2}\right) &=&\frac{\partial f\left(
x_{1},x_{2}\right) }{\partial x_{2}}\quad \because \text{限界生産の定義} \\
&=&\frac{1}{2}x_{1}^{\frac{1}{2}}x_{2}^{-\frac{1}{2}}\quad \because f\text{の定義}
\end{eqnarray*}となります。
限界生産逓減の法則
生産者の技術が偏微分可能な生産関数\(f:\mathbb{R} _{+}^{N}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)として表現されているものとします。投入ベクトル\(x\in \mathbb{R} _{+}^{N}\)と生産要素\(i\ \left( =1,\cdots,N\right) \)をそれぞれ任意に選んだときに、\begin{equation*}MP_{i}\left( x\right) =\frac{\partial f\left( x\right) }{\partial x_{i}}\geq
0
\end{equation*}が成り立つものとします。つまり、任意の投入ベクトル\(x=\left(x_{i},x_{-i}\right) \)を出発点としたとき、他のすべての生産要素の投入量を\(x_{-i}\)に固定したまま生産要素\(i\)の投入量\(x_{i}\)だけを増やすと生産物の産出量が減少しない(増えることもある)ということです。加えて、生産要素\(i\)の限界生産を与える関数\(MP_{i}:\mathbb{R} _{+}^{N}\rightarrow \mathbb{R} \)もまた偏微分可能であるとともに、投入ベクトル\(x\in \mathbb{R} _{+}^{N}\)と生産要素\(i\ \left( =1,\cdots,N\right) \)をそれぞれ任意に選んだときに、\begin{equation*}\frac{\partial }{\partial x_{i}}MP_{i}\left( x\right) =\frac{\partial
^{2}f\left( x\right) }{\partial x_{i}^{2}}<0
\end{equation*}が成り立つものとします。つまり、任意の投入ベクトル\(x=\left(x_{i},x_{-i}\right) \)を出発点としたとき、他のすべての生産要素の投入量を\(x_{-i}\)に固定したまま生産要素\(i\)の投入量\(x_{i}\)だけを増やすと生産要素\(i\)の限界生産は減少するということです。以上の仮定が成立する場合には生産要素\(i\)について限界生産逓減の法則(law of diminishing marginal productivity)や収穫逓減の法則(law of diminishing returns)が成り立つと言います。これは、他の生産要素の投入量を固定したまま生産要素\(i\)の投入量を増やしていくと、生産物の産出量は増えていく(または減らない)ものの(\(MP_{i}\left( x\right) \geq 0\))、産出量の増分は少なくなっていく(\(\frac{\partial }{\partial x_{i}}MP_{i}\left( x\right) <0\))ことを意味します。
限界生産逓減の法則もしくは収穫逓減の法則は「特定の」生産要素の投入量だけを変化させた場合の産出量の変化に関する指標であることに注意してください。「すべての」生産要素の投入量を同時に変化させた場合の産出量の変化を表す指標の中に規模に関する収穫逓減(decreasing returns to scale)というものがありますが、両者を区別する必要があります。規模に関する収穫逓減については場を改めて解説します。
\end{equation*}が成り立つはずです。ただ、土地の広さを\(\overline{x}_{2}\)に固定しているため、労働者の投入量\(x_{1}\)が増えるほど1人の労働者が耕す土地はだんだん狭くなっていきます。その結果、混雑効果により、追加的な労働者がもたらす産出量の増分は減少していくことが予想されるのであれば、\begin{equation*}\frac{\partial MP_{1}\left( x_{1},\overline{x}_{2}\right) }{\partial x_{1}}=\frac{\partial ^{2}f\left( x_{1},\overline{x}_{2}\right) }{\partial ^{2}x_{1}}<0
\end{equation*}が成り立ちます。では、土地の広さ\(\overline{x}_{2}\)が十分広い場合にも同様の議論は成立するでしょうか。この場合には混雑効果は問題にならないはずです。労働者の質は一様ではなく、農場で働くのに適した人材から順番に雇われていくものと仮定するのであれば、先と同様の結論になります。つまり、労働者を増やすほど穀物の産出量は増加していきますが、追加的に雇われる労働者は既存の労働者よりも農業に適していないため、労働者が増えるほど産出物の増分は減少していくことが予想されます。ちなみに、農場で働く人は常に1人であり、\(x_{1}\)をその人の労働時間と解釈した場合にも同様の議論が成立します。つまり、労働時間を増やすほど生産量は増えますが、労働時間が増えるにつれて労働者の疲労が蓄積し産出量の増分が減少していきます。以上のストーリーのもとでは労働の投入に関して限界生産性逓減の法則が成り立つということです。
\end{equation*}を定めるものとします。投入ベクトル\(\left(x_{1},x_{2}\right) \in \mathbb{R} _{++}^{2}\)を任意に選んだとき、\begin{eqnarray*}MP_{1}\left( x_{1},x_{2}\right) &=&\frac{\partial f\left(
x_{1},x_{2}\right) }{\partial x_{1}}\quad \because \text{限界生産の定義} \\
&=&\frac{1}{2}x_{1}^{-\frac{1}{2}}x_{2}^{\frac{1}{2}}\quad \because f\text{の定義} \\
&>&0
\end{eqnarray*}が成り立ち、さらに、\begin{eqnarray*}
\frac{\partial MP_{1}\left( x_{1},x_{2}\right) }{\partial x_{1}} &=&\frac{\partial }{\partial x_{1}}\frac{1}{2}x_{1}^{-\frac{1}{2}}x_{2}^{\frac{1}{2}}
\\
&=&-\frac{1}{4}x_{1}^{-\frac{3}{2}}x_{2}^{\frac{1}{2}} \\
&<&0
\end{eqnarray*}が成り立つため、\(\mathbb{R} _{++}^{2}\)上において生産要素\(1\)に関して限界生産逓減の法則が成立しています。生産要素\(2\)についても同様です(演習問題)。
演習問題
\end{equation*}を定めるものとします。\(\mathbb{R} _{++}^{2}\)上において生産要素\(2\)に関して限界生産逓減の法則が成立していることを確認してください。
\end{equation*}を定めるものとします。ただし、\(A,\alpha \in \mathbb{R} \)は定数であるとともに、\begin{eqnarray*}A &>&0 \\
0 &<&\alpha <1
\end{eqnarray*}がともに成り立つものとします。このような生産関数をコブ・ダグラス型生産関数(Cobb-Douglas production function)と呼びます。以上の\(f\)のもとでは、\(\mathbb{R} _{++}^{2}\)上において資本\(K\)と労働\(L\)の双方に関して限界生産逓減の法則が成り立つことを示してください。
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