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生産者理論

1生産物モデルにおける生産集合の操業停止可能性

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生産集合の操業停止可能性

分析対象である生産者にとって、経済に存在する商品の中でも\(N\)種類の商品が生産要素であり、それらとは異なる\(1\)種類の商品が生産物である状況、すなわち\(N\)生産要素\(1\)生産物モデルを想定します。\(N\)生産要素\(1\)生産物モデルにおいて生産ベクトルは投入ベクトルと産出量の組\begin{equation*}\left( x,y\right) =\left( x_{1},\cdots ,x_{N},y\right) \in \mathbb{R} _{+}^{N+1}
\end{equation*}として表現されます。技術的な制約を踏まえた上で生産者がなおも選択可能な生産ベクトルからなる集合を生産集合\begin{equation*}
Y\subset \mathbb{R} _{+}^{N+1}
\end{equation*}として定式化しました。このとき、\(Y\)がゼロベクトルを要素として持つならば、すなわち、\begin{equation*}\left( 0,0\right) =\left( 0,\cdots ,0,0\right) \in Y
\end{equation*}が成り立つ場合には、\(Y\)は操業停止可能性(possibility of inaction)を満たすと言います。

ゼロベクトルはすべての生産要素の投入量がゼロであり、生産物の産出量もゼロであるような生産ベクトルに相当します。したがって、操業停止可能性の仮定は、生産者が投入や産出を一切行わないことが可能であることを意味します。

例えば、生産者が設備投資への投資など生産要素の購入契約を結んでおり、それを取り消すことができない場合などには操業停止可能性は成立しません。そのような場合、生産者は生産要素を得る対価として支払わなければならない費用を持ちますが、そのような費用をサンク費用(sunk cost)や埋没費用などと呼びます。操業停止可能性の仮定はサンク費用が存在しないことを想定します。長期の生産を議論の対象とする場合には固定生産要素は存在しないため、操業停止可能性は妥当な仮定であると言えます。

例(操業停止可能性)
1生産要素1生産物モデルにおける生産集合\(Y\subset \mathbb{R} _{+}^{2}\)が下図のグレーの領域として描かれています。\(\left( 0,0\right) \in Y\)が成立しているため\(Y\)は操業停止可能性を満たしています。

図:操業停止可能性
図:操業停止可能性
例(操業停止可能性)
1生産要素1生産物モデルにおける生産集合\(Y\subset \mathbb{R} _{+}^{2}\)が下図のグレーの領域として描かれています。\(\left( 0,0\right) \not\in Y\)であるため\(Y\)は操業停止可能性を満たしません。生産者にとって生産要素を\(x^{\prime }\)だけ投入することは決定事項であり、生産要素の投入量をそれよりも減らすことができないということです。

図:操業停止可能性
図:操業停止可能性

 

生産関数の性質としての操業停止可能性

生産集合\(Y\subset \mathbb{R} _{+}^{N+1}\)が与えられたとき、生産関数\(f:\mathbb{R} _{+}^{N}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)はそれぞれの投入ベクトル\(x\in \mathbb{R} _{+}^{N}\)に対して、\begin{equation*}f\left( x\right) =\max \left\{ y\in \mathbb{R} _{+}\ |\ \left( x,y\right) \in Y\right\}
\end{equation*}を値として定める関数として定義されます。生産関数\(f\)が投入ベクトル\(0\in \mathbb{R} _{+}^{N}\)に対して定める値が、\begin{equation*}f\left( 0\right) =0
\end{equation*}を満たす場合には、生産集合\(Y\)が操業停止可能性を満たすことが保証されます。

命題(生産関数の性質としての操業停止可能性)
\(N\)生産要素\(1\)生産物モデルにおいて生産集合\(Y\subset \mathbb{R} _{+}^{N+1}\)が与えられたとき、生産関数\(f:\mathbb{R} _{+}^{N}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)が存在するとともに、\begin{equation*}f\left( 0\right) =0
\end{equation*}が成り立つ場合には、\(Y\)は操業停止可能性を満たす。
証明

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生産関数\(f\)が投入ベクトル\(0\in \mathbb{R} _{+}^{N}\)に対して定める値が、\begin{equation*}f\left( 0\right) >0
\end{equation*}を満たす場合にも操業停止可能性が成り立つことを保証できるでしょうか。このような場合、操業停止可能性は成り立つとは限りません。以下の例より明らかです。

例(操業停止可能性)
1生産要素1生産物モデルにおける生産集合\(Y\subset \mathbb{R} _{+}^{2}\)が下図のグレーの領域として描かれています。明らかに\(f\left(0\right) >0\)である一方で\(\left(0,0\right) \not\in Y\)であるため\(Y\)は操業停止可能性を満たしません。

図:操業停止可能性
図:操業停止可能性

生産関数\(f\)が投入ベクトル\(0\in \mathbb{R} _{+}^{N}\)に対して定める値が、\begin{equation}f\left( 0\right) >0 \quad \cdots (1)
\end{equation}を満たす場合に操業停止可能性が成り立つことを保証するためには、後に提示する無償廃棄可能性と呼ばれる仮定が必要です。無償廃棄可能性の仮定のもとでは、\begin{equation*}
\forall x\in \mathbb{R} _{+}^{N},\ \forall y\in \left[ 0,f\left( x\right) \right] :\left( x,y\right)
\in Y
\end{equation*}が成り立つため、これと\(\left( 1\right) \)より、\begin{equation*}\left( 0,0\right) \in Y
\end{equation*}が導かれ、操業停止可能性が成り立ちます。

 

演習問題

問題(操業停止可能性)
2生産要素1生産物モデルにおける生産関数\(f:\mathbb{R} _{+}^{2}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)がそれぞれの\(\left(x_{1},x_{2}\right) \in \mathbb{R} _{+}^{2}\)に対して、\begin{equation*}f\left( x_{1},x_{2}\right) =x_{1}^{\frac{1}{2}}x_{2}^{\frac{1}{2}}
\end{equation*}を定めるものとします。生産集合\(Y\subset \mathbb{R} _{+}^{2}\)は操業停止可能性は成り立つでしょうか。議論してください。
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問題(操業停止可能性)
2生産要素1生産物モデルにおける生産関数\(f:\mathbb{R} _{+}^{2}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)がそれぞれの\(\left(x_{1},x_{2}\right) \in \mathbb{R} _{+}^{2}\)に対して、\begin{equation*}f\left( x_{1},x_{2}\right) =x_{1}+2x_{2}
\end{equation*}を定めるものとします。生産集合\(Y\subset \mathbb{R} _{+}^{2}\)は操業停止可能性は成り立つでしょうか。議論してください。
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問題(操業停止可能性)
2生産要素1生産物モデルにおける生産関数\(f:\mathbb{R} _{+}^{2}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)がそれぞれの\(\left(x_{1},x_{2}\right) \in \mathbb{R} _{+}^{2}\)に対して、\begin{equation*}f\left( x_{1},x_{2}\right) =\min \left\{ x_{1},\frac{x_{2}}{2}\right\}
\end{equation*}を定めるものとします。生産集合\(Y\subset \mathbb{R} _{+}^{2}\)は操業停止可能性は成り立つでしょうか。議論してください。
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関連知識

生産集合

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1生産物モデルにおいて生産者は生産集合に属する生産ベクトルを選ぶため、仮に生産集合が空集合であるならば、生産者がどのような選択を行うかという問題を検討する余地がなくなってしまいます。

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