補償需要における非超過効用
消費者の選好が消費集合\(\mathbb{R} _{+}^{N}\)上の選好関係\(\succsim \)として表現されているとともに、\(\succsim \)は合理性と連続性の仮定を満たすものとします。この場合、\(\succsim \)を表現する連続な効用関数\(u:\mathbb{R} _{+}^{N}\rightarrow \mathbb{R} \)が存在します。加えて、支出最小化を目指す消費者の意思決定がヒックスの補償需要対応\(H^{\ast }:\mathbb{R} _{++}^{N}\times U\rightarrow \mathbb{R} _{+}^{N}\)として表現されているものとします。ただし、\(U\)は目標効用が取り得る値からなる集合であり、\begin{equation*}U=\left\{ v\in u\left( \mathbb{R} _{+}^{N}\right) \ |\ v\geq u\left( 0\right) \right\}
\end{equation*}です。補償需要対応の定義より、価格ベクトルと目標効用\(\left(p,v\right) \in \mathbb{R} _{++}^{N}\times U\)のもとでの支出最小化問題の解からなる集合は、\begin{equation*}H^{\ast }\left( p,v\right) =\left\{ x\in X\ |\ u\left( x\right) \geq v\wedge
\forall y\in X:\left[ u\left( y\right) \geq v\Rightarrow p\cdot y\geq p\cdot
x\right] \right\}
\end{equation*}です。以上の条件のもとで補償需要対応\(H^{\ast }\)は非空値をとるため、\(\left( p,v\right) \)のもとでの支出最小化問題の解\(x^{\ast }\in H^{\ast }\left( p,v\right) \)をとることができます。支出最小化問題の定義より、\(x^{\ast }\)は目標効用\(v\)以上の効用をもたらすため、\begin{equation*}u\left( x^{\ast }\right) \geq v
\end{equation*}が成り立ちます。このとき、論理的な可能性として\(u\left( x^{\ast }\right) >v\)と\(u\left( x^{\ast }\right) =v\)の2通りがありますが、実際には\(u\left( x^{\ast }\right) >v\)は起こり得ず、したがって、\begin{equation*}u\left( x^{\ast }\right) =v
\end{equation*}が成り立つことが保証されます(演習問題)。つまり、支出最小化問題の解において消費者は目標効用に等しい効用を得ます。
x^{\ast }\right) =v
\end{equation*}が成り立つ。ただし、\begin{equation*}
U=\left\{ v\in u\left( \mathbb{R} _{+}^{N}\right) \ |\ v\geq u\left( 0\right) \right\}
\end{equation*}である。
以上の条件に加えて選好関係\(\succsim \)が狭義凸性を満たす場合には補償需要関数\(h^{\ast }:\mathbb{R} _{++}^{N}\times U\twoheadrightarrow \mathbb{R} _{+}^{N}\)が存在することが保証されます。つまり、価格ベクトルと目標効用\(\left( p,v\right) \in \mathbb{R} _{++}^{N}\times U\)のもとでの支出最小化問題の解からなる集合は常に1点集合であり、\begin{equation*}\forall \left( p,v\right) \in \mathbb{R} _{++}^{N}\times U:H^{\ast }\left( p,v\right) =\left\{ h^{\ast }\left(
p,v\right) \right\}
\end{equation*}という関係が成り立つということです。先と同様の議論を繰り返すことにより、補償需要関数に関しても以下が成り立つことが示されます。
\end{equation*}が成り立つ。ただし、\begin{equation*}
U=\left\{ v\in u\left( \mathbb{R} _{+}^{N}\right) \ |\ v\geq u\left( 0\right) \right\}
\end{equation*}である。
消費集合\(\mathbb{R} _{+}^{N}\)上の選好関係\(\succsim \)を表す効用関数\(u\)が存在するとともに、それが連続な狭義準凹関数である場合には上の命題が要求する条件が満たされるため、補償需要関数が定める消費ベクトルにおいて消費者は目標効用に等しい効用を得ます。以下が具体例です。
\end{equation*}を定めるものとします。この関数\(u\)は\(\mathbb{R} _{++}^{2}\)上において連続な狭義準凹関数であるため補償需要関数\(h^{\ast }:\mathbb{R} _{++}^{2}\times U\twoheadrightarrow \mathbb{R} _{+}^{2}\)が存在します。ただし、\begin{equation*}U=\left\{ v\in u\left( \mathbb{R} _{+}^{2}\right) \ |\ v\geq u\left( 0,0\right) \right\}
\end{equation*}です。具体的な導出方法は場を改めて解説しますが、この補償需要関数\(h^{\ast }\)はそれぞれの\(\left( p_{1},p_{2},v\right) \in \mathbb{R} _{++}^{2}\times U\)に対して、\begin{equation}h^{\ast }\left( p_{1},p_{2},h\right) =\left(
\begin{array}{c}
h_{1}^{\ast }\left( p_{1},p_{2},h\right) \\
h_{2}^{\ast }\left( p_{1},p_{2},h\right)
\end{array}\right) =\left(
\begin{array}{c}
\sqrt{\frac{p_{2}}{p_{1}}v} \\
\sqrt{\frac{p_{1}}{p_{2}}v}\end{array}\right) \quad \cdots (1)
\end{equation}を定めます。このとき、\begin{eqnarray*}
u\left( h^{\ast }\left( p_{1},p_{2},h\right) \right) &=&h_{1}^{\ast }\left(
p_{1},p_{2},h\right) \cdot h_{2}^{\ast }\left( p_{1},p_{2},h\right) \\
&=&\sqrt{\frac{p_{2}}{p_{1}}v}\cdot \sqrt{\frac{p_{1}}{p_{2}}v}\quad
\because \left( 1\right) \\
&=&v
\end{eqnarray*}となるため、たしかに支出最小化問題の解において消費者は目標効用に等しい効用を得ます。
補償需要における非超過効用を踏まえた支出最小化問題
消費集合\(\mathbb{R} _{+}^{N}\)上の選好関係\(\succsim \)を表現する効用関数\(u:\mathbb{R} _{+}^{N}\rightarrow \mathbb{R} \)が存在する場合、価格ベクトルと目標効用\(\left( p,v\right) \in \mathbb{R} _{++}^{N}\times U\)のもとでの支出最小化問題は、\begin{equation*}\min_{x\in \mathbb{R} _{+}^{N}}\ p\cdot x\quad \text{s.t.}\quad u\left( x\right) \geq v
\end{equation*}と定式化されます。選好関係\(\succsim \)が合理性と連続性を満たす場合には補償需要において消費者は目標効用に等しい効用を得るため、この場合、支出最小化問題を、\begin{equation*}\min_{x\in \mathbb{R} _{+}^{N}}\ p\cdot x\quad \text{s.t.}\quad u\left( x\right) =v
\end{equation*}と表現しても一般性は失われません。つまり、この場合の支出最小化問題は、目標効用に等しい効用を実現する消費ベクトルの中でも最小の支出で実現できるものを特定する最適化問題になります。
\end{equation*}を定めるものとします。\(u\left( 0,0\right) =0\)であるため、目標効用がとり得る値の範囲は、\begin{equation*}U=\left\{ v\in u\left( \mathbb{R} _{+}^{2}\right) \ |\ v\geq 0\right\}
\end{equation*}です。この関数\(u\)は多変数の多項式関数であるため連続であり、したがって支出最小化問題の解において非超過効用が成り立ちます。したがって、価格ベクトルと目標効用\(\left( p_{1},p_{2},v\right) \in \mathbb{R} _{++}^{2}\times U\)のもとでの支出最小化問題を、
\begin{equation*}
\min_{x\in \mathbb{R} _{+}^{N}}\ p\cdot x\quad \text{s.t.}\quad u\left( x\right) =v
\end{equation*}すなわち、
$$\begin{array}{cl}\min\limits_{x} & p\cdot x \\
s.t. & u\left( x\right) =v \\
& x_{1}\geq 0 \\
& \vdots \\
& x_{N}\geq 0
\end{array}$$
と表現しても一般性は失われません。
演習問題
\end{equation*}を定めるものとします。\(u\left( 0,0\right) =0\)であるため、目標効用がとり得る値の範囲は、\begin{equation*}U=\left\{ v\in u\left( \mathbb{R} _{+}^{2}\right) \ |\ v\geq 0\right\}
\end{equation*}です。価格ベクトルと目標効用\(\left( p_{1},p_{2},v\right) \in \mathbb{R} _{++}^{2}\times U\)を任意に選んだとき、そこでの支出最小化問題の解において非超過効用の条件が成り立つことを示してください。
U=\left\{ v\in u\left( \mathbb{R} _{+}^{N}\right) \ |\ v\geq u\left( 0\right) \right\}
\end{equation*}に限定しましたが、この集合に含まれない目標効用、すなわち、\begin{equation*}
v<u\left( 0\right)
\end{equation*}を満たす目標効用\(v\in u\left( \mathbb{R} _{+}^{N}\right) \)に関する支出最小化問題についても、その解において非超過効用は成り立つでしょうか。議論してください。
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