任意の消費ベクトル x,y について、消費者は x を y 以上に選好するか、y を x 以上に選好するか、その少なくとも一方が成り立つ場合には、消費者の選好関係は完備性を満たすと言います。

選好関係に仮定を設ける動機

消費者が直面するそれぞれの選択肢を消費ベクトルとして定式化し、消費者が選択可能な消費ベクトルからなる集合を消費集合\(X\)として定式化した上で、消費者が消費ベクトルどうしを比較する際の評価体系を選好関係\(\succsim \)として定式化しました。ただ、現時点において、選好関係\(\succsim \)は消費集合\(X\)上の二項関係という数学的対象にすぎず、それがどのような性質を持つ二項関係であるかまでは規定していません。したがって、例えば、消費者が消費ベクトルどうしの優劣をランダムに決めるような場合でも、そのような評価体系を\(X\)上の二項関係として表現できるため、それは選好関係としての要件を満たしています。

ただ、消費者が自分で何も考えずにランダムに意思決定を行っているという想定は明らかに非現実的です。むしろ、消費者はヒトとして一定の合理性を備えており、それと整合的な意思決定を行っているものと想定するほうがもっともらしいです。このような事情を踏まえた上で、消費者による評価体系を表す選好関係に、合理性や整合性に相当する仮定を付与します。ただ、消費者が異なれば選好関係もまた異なるという点は重要なポイントであるため、ここで導入する仮定は、あらゆる消費者に関して成立することが想定されるようなものである必要があります。

 

完備性を満たす選好関係

消費集合\(X\subset \mathbb{R} ^{N}\)上の選好関係\(\succsim \)が、\begin{equation*}
\forall x,y\in X:(x\succsim y\ \vee \ y\succsim x)
\end{equation*}を満たす場合には、つまり、任意の2つの消費ベクトル\(x,y\)について、消費者は\(x\)を\(y\)以上に好むか、\(y\)を\(x\)を以上に好むか、その少なくとも一方であるならば、\(\succsim \)は完備性(completeness)を満たすと言います。

選好関係\(\succsim \)から狭義選好関係\(\succ \)と無差別関係\(\sim \)を定義したとき、消費ベクトル\(x,y\)を任意に選ぶと、論理的には以下の\(\left( a\right) \)から\(\left( d\right) \)の4通りが起こり得ます。ただし、\(1\)は真を表す真理値であり、\(0\)は偽を表す真理値です。

$$\begin{array}{cccccc}
\hline
\quad & x\succsim y & y\succsim x & x\sim y & x\succ y & y\succ x
\\ \hline
\left( a\right) & 1 & 1 & 1 & 0 & 0 \\ \hline
\left( b\right) & 1 & 0 & 0 & 1 & 0 \\ \hline
\left( c\right) & 0 & 1 & 0 & 0 & 1 \\ \hline
\left( d\right) & 0 & 0 & 0 & 0 & 0 \\ \hline
\end{array}$$

表:真理値表

\(\left( a\right) \)は消費者にとって\(x\)と\(y\)が無差別である場合、\(\left( b\right) \)は\(x\)を\(y\)よりも選好する場合、\(\left( c\right) \)は\(y\)を\(x\)よりも選好する場合にそれぞれ相当しますが、\(\left( d\right) \)では\(x\)と\(y\)の優劣に関する情報が存在しないため、この場合にはそもそも\(x\)と\(y\)を比べることさえできません。ただ、\(\succsim \)が完備律を満たす場合には、\(x\succsim y\)と\(y\succsim x\)の少なくとも一方が成り立つことが保証されるため、\(\left( d\right) \)が起こる可能性は排除されます。つまり、\(\succsim \)が完備性を満たす場合には、任意の消費ベクトル\(x,y\)について、\(\left( a\right) ,\left( b\right) ,\left( c\right) \)の中のどれか1つが成り立つことが保証されますが、これは、\(x\sim y,\ x\succ y,\ y\succ x\)の中のどれか1つが成り立つことを意味します。完備性のもとでは、消費者がどのような消費ベクトルの組を提示された場合においても、迷うことなく両者の優劣を判断できるということです。

命題(完備性の含意)
消費集合\(X\subset \mathbb{R} ^{N}\)上の選好関係\(\succsim \)が完備性を満たす場合には、任意の2つの消費ベクトル\(x,y\in X\)について、\begin{equation*}
x\succ y,\quad x\sim y,\quad y\succ x
\end{equation*}の中のいずれか1つ、そして1つだけが常に成り立つ。
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完備性の含意

完備性からは、選好関係に関する以下の性質を導くことができます。

命題(完備性の含意)
消費集合\(X\subset \mathbb{R} ^{N}\)上の選好関係\(\succsim \)が完備性を満たす場合には以下が成り立つ。\begin{eqnarray*}
&&\left( a\right) \ \forall x\in X:x\succsim x \\
&&\left( b\right) \ \forall x\in X:x\thicksim x \\
&&\left( c\right) \ \forall x,y\in X:\left[ x\succ y\ \Leftrightarrow \
\lnot \left( y\succsim x\right) \right] \end{eqnarray*}
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\(\left( a\right) \)は任意の消費ベクトル\(x\)について、消費者が\(x\)を\(x\)以上に好むということであり、この性質を\(\succsim \)の反射性(reflexivity)と呼びます。

\(\left( b\right) \)は、任意の消費ベクトル\(x\)について、消費者が\(x\)を\(x\)自身と同じ程度好むということであり、この性質を\(\sim \)の反射性と呼びます。

\(\left( c\right) \)は、任意の消費ベクトル\(x,y\)について、消費者が\(x\)を\(y\)よりも好むことは、\(y\)を\(x\)以上に好まないことと必要十分であることを意味し、この性質を排除性(exclusion)と呼びます。

 

完備性を満たす選好を表現する効用関数

選好関係\(\succsim \)を表す効用関数\(u\)が存在する場合には、効用関数の定義より、\(\succsim \)の完備性は、\(u\)に関する以下の性質として表現することができます。

命題(効用関数の完備性)
消費集合\(X\subset \mathbb{R} ^{N}\)上の選好関係\(\succsim \)を表現する効用関数\(u:X\rightarrow \mathbb{R} \)が存在するとき、\(u\)が以下の性質\begin{equation*}
\forall x,y\in X:\left[ u\left( x\right) \geq u\left( y\right) \ \vee \
u\left( y\right) \geq u\left( x\right) \right] \end{equation*}を満たすことは、\(\succsim \)が完備性を満たすための必要十分条件である。
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効用関数は実数を値として取り得るため、効用どうしを比較する\(\geq \)は\(\mathbb{R}\)上の大小関係です。一般に、\(\mathbb{R}\)上の大小関係\(\geq \)は完備性\begin{equation*}
\forall a,b\in \mathbb{R} :(a\geq b\ \vee \ b\geq a)
\end{equation*}を満たすため、任意の効用関数\(u\)は上の命題中の性質\begin{equation}
\forall x,y\in X:\left[ u\left( x\right) \geq u\left( y\right) \ \vee \
u\left( y\right) \geq u\left( x\right) \right] \tag{1}
\end{equation}を満たします。選好関係\(\succsim \)が与えられたとき、一般に、それを表す効用関数は存在するとは限りません。ただ、\(\succsim \)を表す効用関数\(u\)が存在する場合、それは必ず\(\left( 1\right) \)を満たすため、上の命題より、\(\succsim \)が完備性を満たすことが保証されます。

命題(効用関数によって表現される選好関係の完備性)
消費集合\(X\subset \mathbb{R} ^{N}\)上の選好関係\(\succsim \)を表現する効用関数\(u:X\rightarrow \mathbb{R} \)が存在する場合には、\(\succsim \)は完備性を満たす。
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次回は選好関係に関する推移性と呼ばれる仮定について解説します。

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