単調性を満たす選好関係
消費集合\(X\subset \mathbb{R} ^{N}\)上の選好関係\(\succsim \)が、\begin{equation*}
\forall x,y\in X:(y\gg x\ \Rightarrow \ y\succ x)
\end{equation*}を満たす場合には、\(\succsim \)は単調性(monotonicity)を満たすと言います。ただし、\(\gg \)は\(\mathbb{R} ^{N}\)上の順序を表す記号であり、\(x=(x_{1},\cdots ,x_{N})\)と\(y=(y_{1},\cdots ,y_{N})\)に対して、\begin{equation*}
y\gg x\ \Leftrightarrow \ \forall n\in \left\{ 1,\cdots ,N\right\}
:y_{n}>x_{n}
\end{equation*}を満たすものとして定義されます。したがって、\(\succsim \)が単調性を満たすこととは、消費ベクトル\(x\)を任意に選んだときに、そこからすべての商品の消費量を増やして別の消費ベクトル\(y\)へ移行すれば、消費者の満足度が向上することを意味します。
消費集合が\(X=\mathbb{R} _{+}^{2}\)である場合、選好関係\(\succsim \)の単調性は上図を用いて表現できます。具体的には、上図のように消費ベクトル\(x\)を任意に選んだとき、グレーの領域に属する任意の消費ベクトルは\(x\)よりも望ましくなります。ただし、領域の境界に相当する点線上にある消費ベクトルについては、それが\(x\)よりも望ましいかどうかについて、\(\succsim \)の単調性は何も言っていません。点線上にある任意の消費ベクトルもまた\(x\)より望ましいことを要求するのが、以下の強単調性(strong monotonicity)です。
消費集合\(X\subset \mathbb{R} ^{N}\)上の選好関係\(\succsim \)が、\begin{equation*}
\forall x,y\in X:(y>x\ \Rightarrow \ y\succ x)
\end{equation*}を満たす場合には、\(\succsim \)は強単調性を満たすと言います。ただし、\(>\)は\(\mathbb{R} ^{N}\)上の順序を表す記号であり、\(x=(x_{1},\cdots ,x_{N})\)と\(y=(y_{1},\cdots ,y_{N})\)に対して\(y>x\)が成り立つことは、\begin{eqnarray*}
&&\left( a\right) \ \forall n\in \left\{ 1,\cdots ,N\right\} :y_{n}\geq x_{n}
\\
&&\left( b\right) \ \exists n\in \left\{ 1,\cdots ,N\right\} :y_{n}>x_{n}
\end{eqnarray*}がともに成り立つこととして定義されます。したがって、\(\succsim \)が強単調性を満たすこととは、消費ベクトル\(x\)を任意に選んだときに、そこからすべての商品の消費量を減らさず、なおかつ少なくとも1つの商品の消費量を増やして新たな消費ベクトル\(y\)へ移行すれば、消費者の満足度が向上することを意味します。
強単調な選好\(\succsim \)のもとで\(y\succ x\)が成り立つためには、少なくとも1つの商品の消費量について\(y\)は\(x\)よりも多ければよいのに対し、単調な選好\(\succsim \)のもとで\(y\succ x\)が成り立つためには、すべての商品の消費量について\(y\)は\(x\)よりも多い必要があります。したがって、強単調性は単調性よりも強い仮定です。
上の命題の逆は成立するとは限りません。実際、先の図の点線上にある消費ベクトルについては、それが\(x\)よりも望ましいかどうかについて、\(\succsim \)の単調性は何も言っていない一方で、\(\succsim \)の単調性のもとでは、点線上にある任意の消費ベクトルが\(x\)よりも望ましくなります。
経済財と非経済財
復習になりますが、商品の価格が正の実数であるとき、その商品を経済財(good)と呼び、価格が負の実数であるとき、その商品を非経済財(bad)と呼びます。ただ、商品に正の価格がつくということは、その商品が消費者にとって何らかの価値を持つ商品であることを意味し、逆に、負の価格がつくということは、その商品が消費者にとって何らかの存在をもたらす商品であることを意味するため、消費者にとって望ましいものであるか否かという基準から、経済財と非経済財を分類することもできます。
選好に関する単調性の仮定とは、消費者は商品をより多く消費することを好むという仮定です。したがって、この仮定が成り立つためには、すべての商品が消費者にとって経済財でなければなりません。
仮にすべての商品が消費者にとって経済財である場合においても、それらの消費量が多すぎる場合には、消費者が消費量を増やしたときに満足度が向上するとは思えません。したがって、このような場合には単調性の仮定は成立しません。ただ、消費集合\(X\)とは消費者が様々な制約のもとで選択可能な消費ベクトルからなる集合ですから、そこでは、すべての商品の消費量が多すぎるという状況があらかじめ排除されているものと解釈することもできます。
非経済財が存在する場合には単調性の仮定は成り立ちません。ただ、非経済財とペアになるような経済財が存在する場合には、非経済財の消費を考える代わりに、それとペアになる経済財の消費を考えることで、単調性の仮定を成り立たせることができます。例えば、多くの人は無償労働を好まないため、その意味において労働は非経済財です。したがって、消費ベクトルを構成する商品の中に労働が含まれる場合、選好関係は単調性を満たしません。一方、非経済財である労働の消費を考える代わりに、それとペアになる余暇の消費を考える形に消費ベクトルを再定義するのであれば、選好関係は単調性を満たします。
単調選好のもとでの無差別集合
消費集合を\(\mathbb{R} _{+}^{2}\)とし、\(\mathbb{R} _{+}^{2}\)上の選好関係\(\succsim \)が合理性と単調性をともに満たすものとします。このとき、消費ベクトル\(x\)を任意に選ぶと、無差別集合\(I\left( x\right) \)は幅を持たない曲線になります。なぜなら、仮に\(I\left( x\right) \)が幅を持つ場合には、下図のように\(y\in I\left( y\right) \)かつ\(y\gg x\)を満たす消費ベクトル\(y\)が存在しますが、このとき、\(\succsim \)の単調性より\(y\succ x\)が成り立ち、これは\(y\in I\left( y\right) \)すなわち\(y\sim x\)と矛盾するからです。こうした事情を踏まえた上で、2財モデルにおける無差別集合を無差別曲線(indifference curve)とも呼びます。
また、異なる消費ベクトル\(x,y\)を任意に選ぶと、それらの無差別集合\(I\left( x\right) ,I\left( y\right) \)は互いに交わりません。そのことを示すために、下図のように\(I\left( x\right) \)と\(I\left( y\right) \)が交わるものと仮定して矛盾を導きます。両者の交点を上図のように\(z\)とすると、\(z\in I\left( x\right) \)かつ\(z\in I\left( y\right) \)より\(z\sim x\)かつ\(z\sim y\)が成り立ちます。\(\succsim \)の合理性より\(\sim \)は推移性を満たすため、このとき\(x\sim y\)が成り立ちます。一方、下図より\(y\gg x\)が成り立つため、\(\succsim \)の単調性より\(y\succ x\)が成り立ちますが、これは\(x\sim y\)と矛盾です。したがって、\(I\left( x\right) \)と\(I\left( y\right) \)が交わらないことが示されました。
異なる消費ベクトル\(x,y\)を任意に選ぶと、無差別集合\(I\left( x\right) ,I\left( y\right) \)はともに幅を持たない曲線であるとともに、両者は交わらないことが示されました。つまり、\(I\left( x\right) \)と\(I\left( y\right) \)は下図のように互いに平行な曲線となります。\(\succsim \)の単調性のもとでは消費者にとって\(y\)は\(x\)よりも望ましいため、より右上にある無差別曲線\(I\left( y\right) \)の方が、より左下にある無差別曲線\(I\left( x\right) \)よりも、消費者にとって満足度が高くなります。
消費ベクトル\(x\)を選んだとき、無差別曲線\(I\left( x\right) \)が下図のように右上がりの曲線であるものとします。\(I\left( x\right) \)は右上がりであるため、図中の\(y\)のように、\(y\gg x\)を満たす別の消費ベクトル\(y\)が\(I\left( x\right)\)上に存在します。つまり、\(y\sim x\)です。一方、\(\succsim \)の単調性より、\(y\gg x\)であることは\(y\succ x\)を意味しますが、これは\(y\sim x\)と矛盾です。したがって、無差別曲線は右上がりの部分を持ちません。
無差別曲線の形状として考えられるのは、右上がり、水平、垂直、右下がりの4通りですが、これまでの議論から明らかになったことは、単調性のもとでは右上がりはあり得ないということであり、他の3つの可能性については否定していません。では、単調性の代わりに強単調性を仮定するとどうなるでしょうか。まず、強単調性は単調性を含意するため、単調性に関するこれまでの議論は、強単調性を満たす選好関係についてもそのまま通用します。
強単調性と単調性の違いは上の図から明らかになります。上図のように消費ベクトル\(x\)を任意に選ぶと、\(x\)を通る2本の直線によって消費集合\(\mathbb{R} _{+}^{2}\)は上図の\(A,B,C,D\)の4つの領域に分割されます。\(B\)の境界に相当する点線上にある消費ベクトル\(y\)を任意に選んだとき、\(y\gg x\)は成り立ちませんが\(y>x\)は成り立ちます。したがって、\(\succsim \)の単調性からは\(y\succ x\)と言うことはできまない一方で、\(\succsim \)の強単調性からは\(y\succ x\)と言えます。つまり、選好が強単調性を満たすとき、\(B\)の境界には\(x\)と無差別な消費ベクトルは存在しません。同様に考えると、やはり選好が強単調性を満たすとき、\(D\)の境界には\(x\)と無差別な消費ベクトルは存在しません。以上の議論を総合すると、強単調性を満たす選好のもとで、\(x\)と無差別な消費ベクトルが存在し得る領域は、\(A\)からその境界を除いた領域と、\(C\)からその境界を除いた領域となります。以上の議論は消費集合\(X\)に属する任意の消費ベクトルについて成立するため、結局、強単調性のもとでは、無差別曲線は水平ないし垂直な領域をもたず、ゆえに、右下がりの曲線となります。
議論をまとめましょう。消費集合\(\mathbb{R} _{+}^{2}\)上の選好関係\(\succsim \)が合理性と単調性を満たす場合、それぞれの消費ベクトル\(x\)の無差別集合\(I\left( x\right) \)は右上がりの部分を持たない曲線です。単調性の代わりに強単調性を仮定する場合には、\(I\left( x\right) \)は右下がりの曲線となります。さらに、異なる消費ベクトル\(x,y\in X\)を任意に選んだとき、両者の無差別集合\(I\left( x\right) ,I\left( y\right) \)は互いに平行な曲線であり、\(y\succ x\)であるならば\(I\left( y\right) \)は\(I\left( x\right) \)よりも右上に位置する曲線となります。
効用関数の単調増加性
選好関係\(\succsim \)を表す効用関数\(u\)が存在する場合には、効用関数の定義より、\(\succsim \)の単調性は、\(u\)が単調増加関数であることとして表現することができます。ただし、効用関数\(u:X\rightarrow \mathbb{R} \)が単調増加関数であることとは、任意の消費ベクトル\(x,y\in X\)について、\begin{equation*}
y\gg x\ \Rightarrow \ u\left( y\right) >u\left( x\right)
\end{equation*}が成り立つこととして定義されます。
選好関係\(\succsim \)を表す効用関数\(u\)が存在する場合には、効用関数の定義より、\(\succsim \)の強単調性は、\(u\)が強単調増加関数であることとして表現することができます。ただし、効用関数\(u:X\rightarrow \mathbb{R} \)が強単調増加関数であることとは、任意の消費ベクトル\(x,y\in X\)について、\begin{equation*}
y>x\ \Rightarrow \ u\left( y\right) >u\left( x\right)
\end{equation*}が成り立つこととして定義されます。
以上の議論は、選好関係を表現する効用関数が存在することを前提とした上でのものですが、そもそも、選好関係の単調性から、効用関数の存在について何らかのことを言えるのでしょうか。選好関係が単調性を満たす場合、その選好関係を表現する効用関数は存在するのでしょうか。効用関数が存在するための条件については、場を改めて詳しく解説します。
次回は選好関係に関する非飽和性と呼ばれる仮定について解説します。
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