選好関係
\(N\)種類の商品が存在する経済を想定した上で、消費者が直面する個々の選択肢を\(N\)次元ベクトル\begin{equation*}\boldsymbol{x}=\left( x_{1},\cdots ,x_{N}\right) \in \mathbb{R} ^{N}
\end{equation*}として表現します。ただし、このベクトル\(\boldsymbol{x}\)の第\(n\)成分\(x_{n}\)は商品\(n\)の消費量を表します。消費者が選択可能なすべてのベクトルからなる集合を消費集合\begin{equation*}X\subset \mathbb{R} ^{N}
\end{equation*}として表現します。消費集合の要素である個々のベクトル\(\boldsymbol{x}\in X\)を消費ベクトルと呼びます。
続いて問題になるのは、消費集合に直面した消費者がどのように意思決定を行うかという点です。一般に、複数の消費者に対して同一の選択肢を提示したとき、彼らはその中から同じものを選ぶとは限りません。商品に対する好みの体系は人それぞれだからです。例えば、食に興味があるがファッションに興味がない人は、新しい服を購入するよりも高級レストランへ行くことを選びます。また、食に興味を持つ人の中にも、料理に興味がある人、スイーツに興味がある人、アルコールに興味がある人など様々な人がおり、好みの体系の違いが消費行動の違いとして反映されます。いずれにせよ、消費者による意思決定は、その人が持つ好みの体系によって左右されることには疑いの余地はありません。そこで、消費者理論では、消費者が持つ好みの体系を選好関係(preference relation)や効用関数(utility function)などの概念を用いてモデル化します。
消費集合\(X\subset \mathbb{R} ^{N}\)に直面した消費者は、\(X\)の要素である消費ベクトルどうしを比較しながら、自身にとって最も望ましい何らかの消費ベクトルを選択します。そこで、消費者が持つ好みの体系を消費集合\(X\)上の二項関係\begin{equation*}\succsim \subset X\times X
\end{equation*}として定式化し、これを選好関係(preference relation)や広義の選好関係(weak preference relation)などと呼びます。具体的には、2つの消費ベクトル\(\boldsymbol{x},\boldsymbol{y}\in X\)を任意に選んだときに、以下の条件\begin{equation*}\boldsymbol{x}\succsim \boldsymbol{y}\Leftrightarrow \text{消費者は}\boldsymbol{x}\text{を}\boldsymbol{y}\text{以上に好む}
\end{equation*}を満たすものとして\(\succsim \)を定義します。つまり、比較対象として2つの消費ベクトル\(\boldsymbol{x},\boldsymbol{y}\)が提示されたとき、消費者が\(\boldsymbol{x}\)を\(\boldsymbol{y}\)以上に好むとき、そしてその場合にのみ\(\boldsymbol{x}\succsim \boldsymbol{y}\)が成り立つものとして\(\succsim \)を定義するということです。ただし、\(\boldsymbol{x}\)を\(\boldsymbol{y}\)以上に好むとは、\(\boldsymbol{x}\)を\(\boldsymbol{y}\)よりも好むか、または\(\boldsymbol{x}\)と\(\boldsymbol{y}\)を同じ程度好むことを意味します。消費ベクトル\(\boldsymbol{x},\boldsymbol{y}\)に対して\(\boldsymbol{x}\succsim \boldsymbol{y}\)が成り立つ場合には、消費者は\(\boldsymbol{x}\)を\(\boldsymbol{y}\)以上に好む(\(\boldsymbol{x}\) is at least as good as \(\boldsymbol{y}\))とか、\(\boldsymbol{x}\)を\(\boldsymbol{y}\)よりも広義に選好する(weakly prefer \(\boldsymbol{x}\) to \(\boldsymbol{y}\))などと言います。
&=&\left\{ \left( 1,1\right) ,\left( 1,0\right) ,\left( 0,2\right) ,\left(
0,1\right) ,\left( 0,0\right) \right\}
\end{eqnarray*}となります。この学生はお腹を空かせており、なおかつサンドイッチとコーヒーをともに好むものとします。ただ、サンドイッチとコーヒーのどちらか一方だけを選べと言われればサンドイッチを選びたい気分です。また、コーヒーを2杯も飲みたい気分ではありませんが、何も食べない・飲まないよりはマシであると考えているものとします。このとき、この学生の選好\(\succsim \)は、\begin{equation*}\left( 1,1\right) \succsim \left( 1,0\right) \succsim \left( 0,1\right)
\succsim \left( 0,2\right) \succsim \left( 0,0\right)
\end{equation*}と記述されます。別の学生は満腹であり、飲食をしたい気分ではなく、なるべく多くのお金を節約したいと考えているのであれば、この学生の選好\(\succsim \)は、\begin{equation*}\left( 0,0\right) \succsim \left( 0,1\right) \succsim \left( 1,0\right)
\succsim \left( 0,2\right) \succsim \left( 1,1\right)
\end{equation*}と記述されます。さらに別の学生はお腹を空かせてはいるものの、コーヒー嫌っているのであれば、この学生の選好\(\succsim \)は、\begin{equation*}\left( 1,0\right) \succsim \left( 0,0\right) \succsim \left( 1,1\right)
\succsim \left( 0,1\right) \succsim \left( 0,2\right)
\end{equation*}と記述されます。
\Rightarrow \left( x_{1}^{\prime },x_{2}^{\prime }\right) \succsim \left(
x_{1},x_{2}\right)
\end{equation*}を満たします。
\end{equation*}すなわち、\begin{equation*}
10\leq h\leq 24
\end{equation*}となります。商品の消費を合成財への支出として表現します。つまり、商品の消費量を\(x\)(円)で表し、その価格を\(1\)とみなすということです。以上を踏まえると、この労働者が直面する消費集合は、\begin{equation*}X=\{\left( h,x\right) \in \mathbb{R} _{+}^{2}\ |\ 10\leq h\leq 24\}
\end{equation*}となります。この労働者は余暇と商品はともに多い方がよいと考えているのであれば、この労働者の選好関係\(\succsim \)は任意の消費ベクトル\(\left( h,x\right) ,\left(h^{\prime },x^{\prime }\right) \in X\)に対して、\begin{equation*}\left( h^{\prime }\geq h\wedge x^{\prime }\geq x\right) \Rightarrow \left(
h^{\prime },x^{\prime }\right) \succsim \left( h,x\right)
\end{equation*}を満たします。
\end{equation*}です。この人はニコチン中毒であり、タバコの消費量が多い消費ベクトルは無条件でより望ましく、タバコの消費量が等しい消費ベクトルどうしについては、その他の商品の消費量が多い方が望ましいと考えているのであれば、この人の選好関係\(\succsim \)は任意の消費ベクトル\(\left( c,x\right) ,\left( c^{\prime},x^{\prime }\right) \in B\)に対して、\begin{equation*}c^{\prime }>c\vee \left( c^{\prime }=c\vee x^{\prime }\geq x\right)
\Rightarrow \left( c^{\prime },x^{\prime }\right) \succsim \left( c,x\right)
\end{equation*}を満たします。
\sum_{n=1}^{N}y_{n}
\end{equation*}を満たすものとして定義されているものとします。この消費者にとって商品の種類は問題ではなく、商品の総数だけが問題であり、より多くの商品を消費することを好みます。
狭義選好関係
消費集合\(X\)上の選好関係\(\succsim \)が与えられたとき、任意の消費ベクトル\(\boldsymbol{x},\boldsymbol{y}\in X\)に対して、以下の条件\begin{equation*}\boldsymbol{x}\succ \boldsymbol{y}\Leftrightarrow \left[ \boldsymbol{x}\succsim \boldsymbol{y}\wedge \lnot (\boldsymbol{y}\succsim \boldsymbol{x})\right]
\end{equation*}を満たすものとして定義される\(X\)上の二項関係\begin{equation*}\succ \subset X\times X
\end{equation*}を狭義選好関係(strict preference relation)と呼びます。つまり、比較対象として2つの消費ベクトル\(\boldsymbol{x},\boldsymbol{y}\)が提示されたとき、消費者が\(\boldsymbol{x}\)を\(\boldsymbol{y}\)以上に好む一方で\(\boldsymbol{y}\)を\(\boldsymbol{x}\)以上には好まないとき、そしてその場合にのみ、\(\boldsymbol{x}\succ \boldsymbol{y}\)が成り立つものとして\(\succ \)を定義するということです。言い換えると、\(\boldsymbol{x}\succ \boldsymbol{y}\)が成り立つこととは、消費者にとって\(\boldsymbol{x}\)が\(\boldsymbol{y}\)よりも望ましいことを意味します。\(\boldsymbol{x}\succ \boldsymbol{y}\)が成り立つ場合には、消費者は\(\boldsymbol{x}\)を\(\boldsymbol{y}\)よりも選好する(prefer \(\boldsymbol{x}\) to \(\boldsymbol{y}\))とか、\(\boldsymbol{x}\)を\(\boldsymbol{y}\)よりも狭義に選好する(strictly prefer \(\boldsymbol{x}\) to \(\boldsymbol{y}\))などと言います。
無差別関係
消費集合\(X\)上の選好関係\(\succsim \)が与えられたとき、任意の消費ベクトル\(\boldsymbol{x},\boldsymbol{y}\in X\)に対して、以下の条件\begin{equation*}\boldsymbol{x}\sim \boldsymbol{y}\Leftrightarrow \left( \boldsymbol{x}\succsim \boldsymbol{y}\wedge \boldsymbol{y}\succsim \boldsymbol{x}\right)
\end{equation*}を満たすものとして定義される\(X\)上の二項関係\begin{equation*}\sim \subset X\times X
\end{equation*}を無差別関係(indifference relation)と呼びます。つまり、比較対象として2つの消費ベクトル\(\boldsymbol{x},\boldsymbol{y}\)が提示されたとき、消費者が\(\boldsymbol{x}\)を\(\boldsymbol{y}\)以上に好むと同時に\(\boldsymbol{y}\)を\(\boldsymbol{x}\)以上に好むとき、そしてその場合にのみ、\(\boldsymbol{x}\sim \boldsymbol{y}\)が成り立つものとして\(\sim \)を定義するということです。言い換えると、\(\boldsymbol{x}\sim \boldsymbol{y}\)が成り立つこととは、消費者にとって\(\boldsymbol{x}\)と\(\boldsymbol{y}\)が同じ程度望ましいことを意味します。\(\boldsymbol{x}\sim \boldsymbol{y}\)が成り立つ場合には、消費者にとって\(\boldsymbol{x}\)と\(\boldsymbol{y}\)は無差別である(indifferent between \(\boldsymbol{x}\) and \(\boldsymbol{y}\))と言います。
選好関係の特徴づけ
選好関係\(\succsim \)から派生的に狭義選好関係\(\succ \)や無差別関係\(\sim \)を定義しましたが、それらの定義を踏まえると、消費ベクトル\(\boldsymbol{x},\boldsymbol{y}\in X\)を任意に選んだときに、以下の関係\begin{equation*}\boldsymbol{x}\succsim \boldsymbol{y}\Leftrightarrow \left( \boldsymbol{x}\succ \boldsymbol{y}\vee \boldsymbol{x}\sim \boldsymbol{y}\right)
\end{equation*}が成り立つことが示されます(演習問題)。つまり、\(\boldsymbol{x}\succsim \boldsymbol{y}\)が成り立つことと\(\boldsymbol{x}\succ \boldsymbol{y}\)と\(\boldsymbol{x}\sim \boldsymbol{y}\)の少なくとも一方が成り立つことは必要十分です。直感的には、\(\boldsymbol{x}\)を\(\boldsymbol{y}\)以上に好むことは、\(\boldsymbol{x}\)を\(\boldsymbol{y}\)よりも好むか、または\(\boldsymbol{x}\)と\(\boldsymbol{y}\)を同じ程度好むことを意味しますが、上の関係はそのような直感と整合的です。
\end{equation*}が成り立つ。
当初の話の流れでは最初に選好関係\(\succsim \)を先に定義し、そこから派生的に狭義選好関係\(\succ \)や無差別関係\(\sim \)を定義しました。以上の命題は、そのような話の流れとは逆に、先に\(\succ \)と\(\sim \)を定義した上で、そこから派生的に\(\succsim \)を定義することも可能であることを示唆しています。具体的には、消費集合\(X\subset \mathbb{R} ^{N}\)上の二項関係である狭義選好関係\(\succ \)と無差別関係\(\sim \)がそれぞれ与えられたとき、任意の消費ベクトル\(\boldsymbol{x},\boldsymbol{y}\in X\)に対して、以下の関係\begin{equation*}\boldsymbol{x}\succsim \boldsymbol{y}\Leftrightarrow \left( \boldsymbol{x}\succ \boldsymbol{y}\vee \boldsymbol{x}\sim \boldsymbol{y}\right)
\end{equation*}を満たすものとして\(X\)上の新たな二項関係である選好関係\(\succsim \)を定義することもできるということです。
ちなみに、上の命題をもう少し精緻化できます。上の命題によると、\(\boldsymbol{x}\succsim \boldsymbol{y}\)が成り立つことは、\(\boldsymbol{x}\succ \boldsymbol{y}\)と\(\boldsymbol{x}\sim \boldsymbol{y}\)の「少なくとも一方」が成り立つことと必要十分です。つまり、\(\boldsymbol{x}\succsim \boldsymbol{y}\)が成り立つ場合に\(\boldsymbol{x}\succ \boldsymbol{y}\)と\(\boldsymbol{x}\sim \boldsymbol{y}\)の双方が同時に成り立つことを可能性を含んでいます。しかし実際には、\(\boldsymbol{x}\succ \boldsymbol{y}\)と\(\boldsymbol{x}\sim \boldsymbol{y}\)が同時に成り立つことはありません(演習問題)。したがって、上の命題において論理和\(\vee \)を排他的論理和\(\veebar \)に置き換えることができます。つまり、\(\boldsymbol{x}\succsim \boldsymbol{y}\)が成り立つことは、\(\boldsymbol{x}\succ \boldsymbol{y}\)と\(\boldsymbol{x}\sim \boldsymbol{y}\)の「どちらか一方」が成り立つことと必要十分です。
\end{equation*}という関係が成り立つ。
\end{equation*}を満たすものとします。先の命題より、このことは、以下の4つの場合\begin{eqnarray*}
&&\left( a\right) \ \boldsymbol{x}\succ \boldsymbol{y}\succ \boldsymbol{z} \\
&&\left( b\right) \ \boldsymbol{x}\succ \boldsymbol{y}\sim \boldsymbol{z} \\
&&\left( c\right) \ \boldsymbol{x}\sim \boldsymbol{y}\succ \boldsymbol{z} \\
&&\left( d\right) \ \boldsymbol{x}\sim \boldsymbol{y}\sim \boldsymbol{z}
\end{eqnarray*}の中のいずれかであることを意味します。
演習問題
- ある学生は4つのゼミを\(s_{1},s_{2},s_{3},s_{4}\)の順番で好んでおり、どちらのキャンパスへ通うかは問題ではないものとします。この学生の好みを選好関係として定式化してください。
- 別の学生は4つのゼミを\(s_{1},s_{2},s_{3},s_{4}\)の順番で好んでいますが、キャンパス\(A\)は自宅から遠いため、自宅に近いキャンパス\(B\)へ通うことを最も重視しています。この学生の好みを選好関係として定式化してください。
\end{equation*}が成り立つことを示した上で、その意味を説明してください。
\boldsymbol{x}
\end{equation*}が成り立つことを示した上で、その意味を説明してください。
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